エンリックとマーガレットは、生まれてくる子の名前について話し合う時もある。
「姫であれば何と付けようか。」
 長女にティアラ・サファイアと大層な名を付けてしまった。
 もし王女だったら、あまりに普通の名では釣り合いが取れないような気がする。
(あの頃は名前以外、何も与えてやれなかった。)
 エンリック自身、少年だった時代を、ふと思い返すのであった。

 花冷えの頃、先に産声をあげたウォレス伯夫妻の子は男の子で、カイザックと名付けられた。
 報せを聞いたエンリックは、
「ローレンスの遊び友達が出来た。」
 すでに家族揃って、召抱える気になっている。
 祝いに行ったレスター候に聞くと、母親似の鮮やかな緑の瞳の子で、随分と可愛らしいということだ。
 ウォレス伯の、
「どうせ母親に似るのであれば、娘でも良かったのに。」
 誰が聞いても、単なる照れ隠しである事は明白だった。
 エンリックやマーガレットが出向くわけにもいかず、ティアラがサミュエルと共に外出のついでのような形でウォレス家へ祝いに立ち寄った。
「とても可愛かったですわ。エレン夫人によく似てらっしゃって。」
 ゆりかごの中で眠っている様子は、まるで天使のようであったとティアラは両親に話すのであった。
 幸い、エレンの産後の肥立ちも良好で、近い内に顔をだすという。
「ちゃんと親子でくるだろうか。」
「もちろんですわ、お父様。連れてきてくださるようにお願いしてまいりました。」
「ローレンスもおとなしければ、充分天使なのに…。」
 毎日、動き回っている我が子がおとなしいのは、眠っている時だけである。

 一月半後。
 明け方近くに産気づいたマーガレットは、午後になって出産した。
「それは美しい姫君でございます。」
 ランドレー夫人の言葉通り、絹糸のような金の髪に包まれた女の子であった。
「妹ですのね。お父様。」
 ティアラは女きょうだいができて、やはり嬉しそうだ。
「この子にも大きくなったら、サファイアの宝冠を作ってやらねばな。」
 ティアラ・サファイアと同じくらいの宝冠を用意してやりたい。
 戴くことのないマーガレットの分も。
 エンリックは散々思い悩んだ末に、姫の名を決めた。
 迷った時間はティアラやローレンスの比ではない。
 カトレア・ヴァイオレット。
「素敵な名をありがとうございます。」
 マーガレットはベッドの上で、エンリックに礼を述べた。
 ティアラ・サファイアは宝石だが、次女には花の名から取った。
 折りしも百花繚乱の季節。
 様々な花々を思い浮かべて、気品ある蘭科のカトレアと野に咲くすみれを選んだ。
 気高く可憐であれ。
 エンリックの願いが込められている。
 そして、ティアラは少女らしさを抜け出ようとした美しさが漂い始めた。
 人々の間に二人の姫の名が、こうささやかれることになる。
 ティアラ・サファイアは「宝石の姫」、カトレア・ヴァイオレットは「花の姫」と。