新しく子供が増えれば、どうしても小さい子に目が向く。
 これまで充分すぎるほど、ちやほやされてきたローレンスはだいぶおかんむりになる。
 まだ、サミュエルのように「兄」としての自覚が薄く、妹が出来た喜びより、人々の注目をとられた悔しさが強いらしい。
 カトレアが笑ったといえば人が集まり、動いたといえば手を叩く。
 輪の中心にいたローレンスは自分が話題の的から外されて、わがままになっていった。
 カトレアが自力で這い回るようになれば、周囲も追って行く。
 誰も目を向けてもらえないと、ローレンスは幼いなりに気を引こうとする。
 子供とはいえ、知恵もつき始めると突飛な行動を起こす。
 多分、驚かせようと思ったに違いない。
 ローレンスは椅子を暖炉まで引っ張り、上に乗り、飾ってある銀の燭台に手を伸ばした。
 いち早く気付いたのはサミュエルだ。
銀の燭台は、三つ四つの子供が持つには重すぎる。
 当然バランスを崩したローレンスが落下するのを、まさに身体で庇った。
 サミュエルはローレンスの手から離れた燭台と、ひっくり返った椅子の下敷きになった。
 思わずローレンスが大声で泣き叫ぶ。
 大好きなサミュエルの頭と、袖が破れた腕から血が流れている。
 ティアラが声を聞きつけて部屋に入るなり、悲鳴を上げる。
 サミュエルの身体の上から、椅子を取り除いて抱きしめる。
 あっという間に騒然となり、ローレンスはずっと泣き続けた。
 エンリックがサミュエルの元へ駆けつけた時は、治療がほとんど終わってベッドの上だった。
 一瞬、気を失ったサミュエルも、今では何とか元気を取り戻している様子だが、頭と腕の包帯が痛々しい。
「サミュエル。こんな怪我をして、痛かっただろうに。」
 声をかけるエンリックに、サミュエルは笑って首を振った。
「いいえ。大丈夫です。それよりお世継ぎが無事でよかった。」
 思いがけない言葉にエンリックは衝撃を受けた。
 一旦、医師の説明を聞くために、側を離れる。 
 頭の傷と足の打ち身はともかく、腕の方はかなりの傷を負ったらしい。
「治るのか?」
 心配そうなエンリックに医師は答えた。
「もちろんでございます。傷跡は残るかもしれませんが、良くなりますとも。」
「それで、ローレンスは?」
 こちらはサミュエルが全身で守ったので、どこもなんともなかった。
 ティアラの話では、おそらくローレンスを止めようとしたのだろう。
 ローレンスは治療の妨げになるので、サミュエルの部屋へ入れてもらえなかった。
「この大馬鹿者!」
 エンリックに今までになくローレンスは怒鳴られ、膝の上でお尻をぶたれるというお仕置きをされた。
 サミュエルの部屋へ連れてこられ、
「きちんと謝りなさい。」
 ローレンスはずっと泣き止まないままだ。
「もう平気です。」
 目を赤くな泣きはらしたローレンスを見て、サミュエルが言った。
 ただのいたずらだったことは、わかっている。
「駄目だ、ローレンス!」
 サミュエルの白い包帯を巻かれた姿に、
「痛い?あにうえ。」
「大丈夫。なんともないよ。」
 優しく笑ってくれたサミュエルにローレンスはしがみつきながら
「ごめんなさい、ごめんなさい…。」
 何度も謝ったのである。
 人が大勢いては落ち着かないだろうと、
「少し寝みなさい。サミュエル。」
 ようやくおとなしくなったローレンスを連れて、エンリックは部屋を出て行った。
 泣き疲れたのか、いつの間にかローレンスは眠ってしまっている。