カイル卿は、扉が閉まった途端、
「殿下、今後は勝手な行動を控えていただきとうございます。私の首がいくつあっても足りません。」
「悪かった。まさか迷子になるとは思わなかった。」
物見遊山でいるクラウドのこと、本当に反省しているかどうか疑問である。
それにしても、とつい声に出してしまったのが、証拠だろう。
「綺麗な娘だったな。」
「先程のですか。もしかしたら、王宮でその内、出会えるかもしれませんね。」
わざと目立たぬ風を装った令嬢という雰囲気が隠しきれずに漂っていた。
「あの従者も騎士だ。」
クラウドも気付いていたらしい。
侍女と騎士を随身に外出するのであれば、相当の家に違いない。
「もう一人いましたよ。」
カイル卿が馬車の陰にやはり身をやつした感じの人間を目撃した。
どう見ても只の従者には思えなかった。
「余程の大貴族か。」
馬車の中でクラウドは、初めて会話を交わしたダンラークの娘の顔が印象に残った。
一方の娘は、やはり馬車の中でたしなめられていた。
「あまり見知らぬ人間にお声をかけないでくださいな。」
「本当に困っていらしたもの。お気の毒ではありませんか。」
第一、悪人とは感じられなかった。
身に付けた服装からも、上流貴族の子弟と考えられる。
「今日は旅の方が多いのかしら。」
ふと、そんな気がしたのであった。
クラウドが道草を食ったおかげで予定が狂ったとはいえ、なんとか無事に王宮に辿り着いた。
出迎えた側は、きっと思いもよらないだろう。
「遠路はるばる、ようこそおいでくだされた。」
国王に対面したクラウドは、思いの外若々しい事に驚かされた。
表情には出さなかったが。
形式的な挨拶が済むと、別室でお茶が用意されていた。
思わぬ散歩をした後で、空腹を覚えていたクラウドには大変ありがったかった。
とても夜まで持ちそうになかったので。
歓迎の宴を開いてくれることになっており、少しの間、休息時間が取れた。
さすがに、もう王宮の庭園を歩く気にはなれない。
出たくなったとしても、今度こそカイル卿に止められる。
大体、自分の部屋に引き取ればよいのに、クラウドの部屋に見張りに来ている。
「しかし陛下は意外にお若いな。見た目はカイルと変わらぬ。」
七歳年長の側近を見て、クラウドは言った。
「まさか。私よりは御年長であらせられるはずです。」
カイル卿も頭の中で計算しているようだ。
国王自身もだが、周囲の臣下達もだ。
老臣が半数を占めようかというドルフィシェとは大きく違う。
「これからゆっくり拝見させていただこう。」
クラウドも興味を覚えたようである。
はたしてダンラークとはどのように国が動いているのか。
「それより今夜はくれぐれも失礼のないように、殿下。」
現在、王妃がいないことはカイル卿も知っている。
と、すれば、当然、王女が臨席するだろう。
国元でない以上、他国の姫に無礼を働かれては外交問題になる。
本人に自覚がなくても、相手がそう取る事は有り得ることなのだ。