他国の賓客を迎えるとので、ティアラも緊張していた。
エンリックから
「あまりかたくなっても、先方に失礼だ。」
そう言われ、大広間に静かに呼吸を整える。
以前よりましになったとはいえ、こういった場は苦手である。
薄い金髪をした長身の青年。
多分、彼だろう。
「ティアラ。こちらがドルフィシェの皇太子殿下、クラウド殿。クラウド殿、長女のティアラ・サファイアです。」
エンリックが紹介した後、互いに顔を見合わせ、口には出さないが、驚くことになる。
クラウドは、どこかであったようなと思いつつ、迷ったが、すぐ後ろに控えていたカイル卿が先に気付いた。
心中、穏やかでない隣国の主従を前に、ティアラは、
「ようこそいらっしゃいました。ダンラークの春を楽しんでいただけると嬉しいですわ。」
「こちらこそ、以後お見知りおきください。」
一瞬、呆然となったクラウドだが、挨拶は返すことができた。
少し距離をとった場所で、クラウドはティアラを目で追っていた。
「王家の姫だったのか。」
「そのようですね。」
カイル卿も相槌を打つ。
おそらくティアラも気付いただろう。
(だから言わないことではない。)
カイル卿の心配をよそに、クラウドは
「この国は美女が多いな。」
ティアラと取り囲むようにしている何人かの貴婦人を見ている。
さざめきあう中にも、洗練された淑女の趣を感じるのは、自国の貴婦人達と違うせいかどうか自信がない。
「どうやら姫のお忍びのお供は陛下の近臣だったみたいですよ。」
遠目で見たはずの姿をカイル卿は、この場で探し出したらしい。
「この人数でよく見分けがつくな。」
「私も騎士ですから。これでも。」
多分、本能に近い直感だ。
腕が立たなくてはクラウドの側近は務まらない。
ただ、華やいだ宴の席でのことかもしれないが、文官と見られる人間の比率が高そうなことは、クラウドでもわかる。
−武力より才識を重んじているのかもしれない。−
だからこそ、ダンラークに送り出されたのだろう。
会場全体を見回して、ふとティアラが貴婦人の輪から外れるのが目に入った。
人気にでもあてられたのか、窓の方へと向かっている。
さりげなく周囲を見渡して、カイル卿がすぐ近くにいないのを幸い、クラウドはティアラの後を追った。
窓を少し開いて、バルコニーで夜風に吹かれていたところにティアラは声をかけられた。
「ご気分でもすぐれませんか。」
視線を動かすと、クラウドがいる。
「いいえ。お気遣いありがとうございます。」
「先程は助かりました。改めて御礼申し上げます。」
昼間のことだと、察したティアラは、
「こちらこそ皇太子殿下と存じませず、失礼いたしました。」
穏やかな微笑が浮かんでいる。
「私はお目にかかれて光栄です。さすがに『宝石の姫』と呼ばれるだけの…。」
ついクラウドは調子に乗り、話し出そううとして口をつぐんだ。
「私のことですの?」
ティアラは自分自身、何と称されているか知らないらしい。
「きっと、この宝冠と名前のせいですわ。」
多少赤面しながら、頭上の宝冠を気にしている。
サファイアが散りばめられた、眩いばかりの黄金の宝冠。
「見事な細工です。御名にちなんでですか。」
「逆ですわ。私が宝冠の由来をつけていただいたのです。ダンラークでは王家の女性は、サファイアの宝冠を身に付ける慣習ですの。」
風が冷たくなったのか、ティアラは室内に戻っていく。