時々、ティアラがクラウドの庭園の散歩や話し相手になってくれるが、本当に家族仲が良くて羨ましくなる。
「殿下はご兄弟はいらっしゃいますの。」
「妹が二人います。ただ、父も私もあまりかまってやれなくて。」
クラウド兄妹の母であるドルフィシェの王妃もすでに亡い。
二人の王女は女官や侍女に任せきりである。
「おかげですっかりわがままです。」
「淋しいのですわ。」
「姫のごきょうだいは礼儀正しくて、見習わせたいくらいです。」
ティアラは、笑って首を振った。
「とんでもありません。お客様の前だけですわ。」
ただ、ローレンスもサミュエルの怪我の一件以来、無茶ないたずらをあまりしなくなった。
ちゃんとカトレアも可愛がるようになって、最近は「おにいちゃま」らしくすることもある。
サミュエルが本格的に決まった時間、教師に付くようになったので、かわりに妹の面倒を見ようとしているらしい。
サミュエルの評判は教育係達にすこぶる良い。
素直で熱心だから飲み込みも早く、教えやすいのだ。
これなら幼い弟や妹の良いお手本になる。
もっとも、彼らはエンリックがサミュエルに望んでいるのは、それだけでない事を知っている。
五年、十年、さらに未来を見ている。
薄々、クラウドやカイル卿も気付く。
何といっても、エンリックはサミュエルを子供の数の中に入れている。
マーガレットにしても対外的に見れば、エンリックの側室だが、ティアラが母と呼んではばからない。
大体、何故ティアラは少ない供で町中に出ていたのだろう。
クラウドが疑問に思い、問いかけた。
「私、修道院にいましたから。」
「行儀見習いですか。」
貴族の令嬢でも、行儀見習いとして一時期、修道院で学ぶ事は珍しくない。
クラウドの勘違いをティアラは訂正した。
「そうではありません。修道院で育ちましたの。」
クラウドには意味が飲み込めないのだが、立ち入った事情を聞くには失礼な気がして、自分の側近に尋ねる。
クラウドよりダンラークの情報に詳しいカイル卿に部屋で二人きりになった時、説明を求めた。
「どうも複雑でよくわからない。」
「殿下。以前のダンラークをご存知ですか。」
「いつ頃。」
「陛下のご即位前です。」
「そんな昔の話…。」
カイル卿はやれやれと思ったに違いない。
自国ならともかく、他国の内情は教えられても覚えてなさそうだ。
「表向きは静養で離れたことになっていますが、実は一度都を追われています。」
ダンラークは王が長く続かない。
内乱の絶えない国とまでいわれる。
クラウドは何となく記憶があるような気がした。
「思い出した。父上が良く建て直したものだと感心していた。すると、ティアラ姫は?」
「その間のお生まれでしょう。ただ、長く王妃様も姫様も話題になりませんでした。陛下の身辺が変わってきたのは、つい何年か前からです。」
ちょうど、エンリックが即位十年を迎える前後。
内政が安定し、各国間でも話が持ち上がるようになった。
近隣でも、即位記念式典の噂は響いたのである。
「何年も姫を放っておくような御方ではなさそうだが。」
「国の混乱でそういうことになったようです。」
穏やかなエンリックの容貌は、性格そのものを表しているかのようだ。
ダンラークの宮廷において、信望は厚いだろう。