ふと、クラウドはあることに気付いた。
「姫の母君は?王妃の話は聞いたことがない。」
カイル卿も多少暗い顔をして首を振る。
「皇太子殿下のご生母を迎えられた時には、お独りであられたと思います。多分、王妃様という方は王宮にいらっしゃらなかったのではないかと。」
ダンラークで正妃の葬儀が行なわれれば、ドルフィシェにも伝わってくるはずだ。
それどころか王妃の存在さえ、知られていないに等しい。
ずっと、エンリックは周辺諸国に独身だと思われてきた。
いつの間に結婚していたのだろう。
「つまり、正式な夫婦ではなかったと?」
「陛下がそう思っていらっしゃらないから、姫が王妃様の御子となっているのでしょう。大体、他の御子様方のご生母は、表に出てこないだけで正夫人と同じです。いつも御一緒におられるではありませんか。」
「そうだな。」
ティアラとマーガレットは、実の親子か姉妹のように心を通わせているように見える。
サミュエルは自分から遠慮しているだけで、エンリックもティアラを差別しているとは思えない。
「姫が修道院でお育ちになったのであれば、納得できます。大変信仰心が篤く、慈善活動にもご熱心だそうです。私達とお会いした時は、その帰りでしょう。」
「確か、そのようなことをおっしゃていた。」
「まったく遊び半分で迷子になった殿下とは大違いです。」
まだカイル卿は根に持っているらしい。
クラウドは他家には深い事情があるものだと思ったが、それ以上に微塵も気にさせないことに感嘆する。
はたして自分は妹達をあのように面倒見良かったか疑問だ。
父の補佐をするようになって以来、毎日会話さえろくにしていない気がする。
帰国した際はもう少し相手をしようとさえ思った。
クラウドはダンラークで参考になる事が多く、父に感謝した。
国の制度や考え方も違う。
法や人材登用の仕方は大いに勉強になる。
驚いたのは「投書箱」の設置だ。
国民の意見を広く聞きたいというエンリックの案で始まったというが、何箇所にも設けている。
内容は街の様子から、果ては役人、騎士、貴族の横暴まで、様々あるということだ。
必ず公的な立場の者が目を通すから、直訴も可能だ。
「ダンラークでは現在、直訴は大した罪に問われません。」
パスト司法大臣が説明してくれた。
直訴される側に問題があるから、仮に国王に直訴した場合でも厳罰に処される事はない。
宮殿に無断で侵入した罪は問われても、直訴が目的であれば情状酌量が認められる。
王宮が開放される日には、庭園にも投書箱は置かれ、近臣達の邸付近にもある。
逆にドルフィシェについて、聞かれることもある。
互いに意見交換し合い見解を論議する。
「国の者より熱心に耳を傾けてくれる。」
「ダンラークの方々は、常に人と向き合ってくださいますから。」
おざなりでなく身をいれているクラウドを見て、カイル卿も一安心する。
異なるものの見方、考え方を受け入れられれば、必ず役に立つ日が来る。
存分に吸収してもらいたい。
いずれはドルフィシェ国王となるべき人間として。