適当に時間を潰したい時、クラウドは庭園に出る。
奥の庭までの道順も覚えたので、たまに立ち寄る。
幾人かの貴婦人や家族とティアラがいることがあるからだ。
素朴な感じが漂う、この庭をクラウドも妙に気に入ってしまった。
さらに裏に続いている事を知った時は、目が点になってしまったが。
ローレンスが自分で案内してくれた先には、何と菜園がある。
「皆で作っているんです。」
茄子、きゅうり、南瓜と、一つ一つ楽しげに説明してくれる。
体験学習の一環かと思ったが、後から来たエンリックが、なんともいえない顔をしている。
収穫したものは、ちゃんと食材として使う。
ほとんどはティアラとマーガレットの作るパイやサンドウィッチの材料になるのだが、半分はエンリックの趣味だ。
もちろん、サミュエルとローレンスも手伝っている。
しかし、外部の人間にどこまで話して良いものか。
「子供の好き嫌いがなくなります。」
エンリックの返答は嘘ではない。
自分で育てたものは、何でも美味しく思えるものだ。
クラウドは、違和感を禁じえない。
だからといって王宮の中に家庭菜園を作らなくても。
普通はやらないだろう。
「姫がお使いになるのではありませんか。」
とは、カイル卿の話である。
「どうして。」
「何でも手芸とお菓子作りは特にお好きなようです。」
「何故、そんな事を知っているんだ。」
「宮廷では多趣味で有名だそうです。お聞き及びではないのですか。」
カイル卿は些細な会話の断片でも、聞き逃さない。
他の人間との遣り取りの中で、得た情報だろう。
「では陛下のご趣味は野菜作りなのか!?」
クラウドもカイル卿もエンリックの表の部分しか知らない。
自分で土を掘り起こす国王の存在は、ダンラークでもごく一部の者にしか知られていないのである。
晴れた日には、必ずと言っていいほど、国王一家は散策する。
どこに花が咲いた、鳥が来た、と庭園中を歩く。
ローレンスはやたらと走りたがるので、奥だけでは足りないのだ。
そして疲れるとベンチに座って、皆が追いつくまで待っている。
ローレンスのお気に入りの場所が何ヶ所かあり、他人がいるとご機嫌斜めになる。
いつの間にかローレンスの散歩コースには、人が距離を置くようになってしまった。
ただ、王子の元気な姿を見ようと、どこかしらに人の目はあるのだが。
クラウドも偶然、目撃した。
庭園の一角、白い木製のベンチ。
ティアラを中心にローレンスとサミュエル、隣にカトレアがちょこんと座っている。
風と共に、一羽の小鳥が姉弟の近くを通り過ぎる。
誰にせがまれたのか、ティアラの優しい歌声が流れてくる。
心地よい旋律が耳に届いた。
−聖家族−
クラウドの頭の中に、思いがよぎる。
陽だまりの中、幼い子達に微笑みかけるティアラは、クラウドの目に聖女の如く、映ったのである。
その夜、遅くまでかかってクラウドは一通の手紙を書く。
翌朝、「大至急」ということで、ドルフィシェで届けさせた。
受け取った父王は息子の便りを見て、椅子からずり落ちそうになる。
『親愛なる父上』に始まる文面に綴られた内容。
『妻に迎えたい女性を見つけました。まだ御名は明かせませんが、優しく聡明で美しい上に、家柄も申し分ない方です。ついては滞在日数を延ばしたく−』
読み終えたドルフィシェ国王は呟いた。
「何をしに行っとるのだ。クラウドは。」
真面目にやっているかと思えば、どうやら別のことに夢中になってしまったようである。