しばらくしてエンリックとクラウドの元へ、ドルフィシェ国王から書状が届く。
その日はマーガレットの気分がすぐれず、医師を呼んだのだが、診察結果は、また子供が生まれるということだった。
エンリックは上機嫌なまま、封を開く。
貴国に深く感銘したようなのでと、クラウドの残留を促してあった。
まさか妻が懐妊して忙しくなるから帰れとも言えない。
クラウドは父からの返信を大いに喜んだ。
「これで姫といられる時間が出来た。」
独り言にしては大きかったので、カイル卿の耳にも入った。
「姫とは、もしや殿下。」
扉を気にして、部屋の隅へと何となく近寄った。
「ダンラークの滞在延期は、そのせいですか。」
クラウドはカイル卿には隠し事が出来ず、頷く。
「本気でしょうね。」
「当たり前だ!」
つい声が高くなる。
「ここはドルフィシェではないのですよ。一時の感情でティアラ姫に言い寄っては戦になるかもしれません。」
「そんな大げさな。」
「そのくらい大切になされています、という意味です。心してください。」
「反対しないのか。」
「悪いお話ではありませんから。」
客観的に見れば、である。
各国の王族の結びつきは、あって越した事はない。
婚姻は最も有効な手段だ。
エンリックに通じるかは別として。
確かに一番の難関はティアラよりエンリックかもしれない。
下手に馴れ馴れしくして、国に追い返されてしまっても嫌だ。
一晩、考え込んだクラウドは思い切ってエンリックに打ち明ける事にした。
日中はお互いしなければいけないことも多く、人目もあるので、約束を取り付け、夜に居室を訪ねる。
クラウドの目的を知らないエンリックは、好意的に迎え入れてくれた。
夜にお茶というわけでなく、ワインが用意されている。
「改まってお話とは?」
素面では多少言い辛いが、酔った勢いと誤解されても困る。
「…是非、ティアラ姫に御近付きこと、陛下に申し上げておきたくと存じまして参りました。」
ワインの入ったグラスを手から取り落とさなかったのは、エンリック自身、凍りついたように固まったからだ。
目の前の男はなんと言ったか?
よりによって、ティアラをどうしたいと。
「それは、つまり…。」
「いずれ求婚を考えております。」
心の中が動揺しているのは、二人共だ。
ようやく、グラスをテーブルに置いたエンリックが問い質す。
「国元のご指示か。初めから目的はティアラだったと?」
「違います。父に姫の名は告げておりませんし、貴国へお伺いするまで私は姫のことを存じませんでした。」
あくまで純粋にティアラに魅かれたクラウドは、口調に熱がこもる。
「私が反対したら身を引く御所存か。」
「いいえ。姫の口から、はっきり断られるまで諦めません。」
元々、素直に許してもらえるとは思っていない。
怒らせない内に退室しようと、椅子から立とうとする。
「もし父君が承諾しない場合はどうされる。」
「もし、そうなったら、私はこの国に仕官します。」
一礼して消え去るクラウドの姿を見て、呟いた。
「できもしないことを…。」
エンリックは再びワイングラスを手に散る。