悩んだ悩んだ末、ティアラはマーガレットに相談を持ちかける。
身重の母に心配はかけたくないが、それでも一番身近な女性。
マーガレットはティアラの話を熱心に聞いてくれた。
「お母様、私どうしたらよいのでしょう。」
おそらく人に甘えるということをしたことのない、ティアラが見せた弱い部分。
マーガレットはエンリックの申し出に困惑した、かつての自分を思い出した。
「ティアラ様は殿下のことがお嫌いですか。」
「いいえ。良い方だとは思います。」
「では信頼できる御方だと考えてごらんになったことはありますか。」
ティアラは不意を突かれた気がした。
「長い一生を共にしていくには、信じられる心が大切ですわ。」
「お母様もそうでしたの?」
「はい。」
エンリックも今は亡き前夫も、彼らの言葉を信じたからこそ、マーガレットは一緒になったのだ。
この人は信じてよいのだ、と思える真情が伝わってきた。
「愛情と信頼があってこそ、男女の仲は成り立ちます。お互いを理解しあうには欠かせない要素ですもの。」
「もし出来ないときは?」
「殿下にはお気の毒ですが、お断りなさるべきです。ティアラ様が無理をなさってもお喜びにはなりませんでしょう。それに陛下も私もティアラ様には幸福になっていただきたいと願っておりますもの。」
ティアラがマーガレット一人にだけ、打ち明けたことをエンリックは不満に思う。
何故自分には話してくれなかったのかと。
「父親には話しづらいのですわ。陛下のお耳に入れば、事も大きくなりますし。」
「何も聞かされずに、いきなり知らされても困るのだが。」
「殿下のこと、黙っていらしたではありませんか。」
クラウドから持ち込まれた話を、エンリックはマーガレットにさえ、中々話そうとしなかった。
もっともあからさまなクラウドの言動にエンリックが何も言わないことが不審を招いた。
あまり噂が広まってもティアラのためにならないが、余計なことは吹き込みたくない。
結局はティアラの判断を待つしかないのだから。
クラウドも始終ティアラの周囲にいるわけではない。
各施設の訪問、帰国時の資料や報告書を作成したりと、これでも忙しい。
誘われて遠乗りに出るときもある。
エンリックと違って、武芸にも通じているクラウドが、王宮に閉じこもって我慢できるわけがない。
練兵場に視察に行った時など、自分も相手をしたくてたまらないのはカイル卿も同様である。
ダンラークにしてみれば無傷で帰国してもらわないと、怪我をしてもされても困る。
何不自由ない待遇の中で、これだけがクラウドには不満だった。
ティアラはクラウドのことを意識し始めると何をしても身に入らなくなってしまった。
ピアノを弾いても、絵を描いていても、じきに手が止まってしまう。
刺繍をしていて指に針を刺しそうになるなど、今までになかった事である。
なんといってもティアラの男性観の基準はエンリックだ。
比較してどうなるわけでもない。
ただ漠然としていても、ティアラの理想は高くなっているかもしれない。
普段、接することの多い人間は宮廷でも優れた能力の持ち主の上、外見も悪くない。
クラウドとカイル卿は当初
「ダンラークは容姿も条件に入るのか。」
と驚いたものだ。
もちろん単なる偶然に過ぎないのだが、ティアラの受ける影響は少なくないはずであった。