クラウドよりカイル卿が冷静に判断して指摘する。
「冗談じゃない。そうそういない人間と比べられてたまるか。」
「姫から御覧になれば、大人の男性はそういうものだと思っておられてもおかしくないでしょう。」
「私が子供じみているとでも!?」
「気の短いところはそうです。特に陛下は悠然とされた御方ですから。」
 クラウドは返す言葉もない。
 実の所、それ程心配することはないのだ。
 エンリックのよそゆきの顔しかクラウドは知らないが、母や子供達に大甘な父の姿を、ティアラは見て育った。
 無論、他の貴族にも家庭では別の顔を持っていることを、貴婦人達から聞くことがある。
 いつもすました人間より、喜怒哀楽の表情が出せる人間の方がティアラには好ましい。
 素の自分を出すことが出来るのは、気を許しているからなのだ。
 飾り気のない性格はクラウドも一緒だ。
 熱心に部屋で荷物整理をしているクラウドに感心したカイル卿だったが、そうではない。
 先日、ドルフィシェへ書状を届けた時、ティアラへの贈り物の一つでも取り寄せればよかったのだが、気が回らなかったのだ。
 自分の手荷物の中に女性が喜びそうな品があるはずないのだが、珍しいものであれば何でも良いと思った。
 結局、ティアラと弟妹達に話題を提供することはできた。
 テーブルに地図を広げているクラウドにカイル卿が話しかける。
「帰りの道筋のご検討ですか。」
「いや。今日、これを持っていったら楽しい会話ができた。」
「姫に地図をお見せになって、お喜びになられたのですか。」
 どちらかといえばサミュエルとローレンスが興味を持ってくれた。
 地図を辿りながらの旅の話は、とても面白く感じたようだ。
 国外に出たことのない子供達は様子を知りたがり、ティアラも熱心に聞き入ってくれた。
 下手な口説き文句より効果があると思い、今までの旅やドルフィシェのことを語るようになる。
 ティアラも自分の知るダンラークのことは良く話してくれる。
 聞いていればお互いのお国自慢かもしれないが、二人にとっては意義のある会話になった。
「殿下はドルフィシェを愛していらっしゃいますのね。」
「もちろんです。姫もそうでしょう。」
「はい。」
 クラウドが生まれ育った国を嫌いなどと言ったのなら、ティアラも愛想を尽かしたに違いない。
 ダンラークの春がゆっくりと夏に移り変わろうとしていた。

 気候が違う地の季節をクラウドは楽しんでいる。
「夏中いれば避暑ができる。」
「それは、いくらなんでも無理でしょう。」
 ドルフィシェの都の初夏より、ダンラークの方が涼しげだ。
 建築構造より風土の問題である。
 隣国とはいえ、まさに違いを肌で感じている。
 急な気温の変化が少ないため、花期も長い。
「こうしてみるとドルフィシェは目まぐるしいものだ。」
 クラウドは今までせわしない日々を送ってきたような気がする。
 皇太子の地位に囚われすぎて、余裕をなくしていた。
(それがわかっただけでも充分か。)
 ティアラを諦めるつもりはないが、すぐに返事を期待するのは虫がよすぎる。
 彼女にとっては故郷の国を出て、嫁ぐことになる。
 いくら近隣とはいっても、簡単に里帰りも出来ないだろう。
 無理強いをすれば、ティアラ本人よりエンリックが許さないに決まっている。

 まるで砂時計のように、時間はさらさらと流れていく。
 再度、世話になった人物、場所へ来訪してる内に、クラウドも帰国の前日となった。
 送別の意味の舞踏会を開いてくれる事になっている。