多少、変色しかかっている、一枚の用紙。
納められている額は、エンリックが王宮に入ってから準備したに違いない。
「挙式の真似事のような感じだった。」
せめて、形だけでも似たようなことをと思い、テーブルに聖書と十字架を置いて、手を重ね合わせた。
「その場にいた全員の署名だよ。」
誓いの言葉と二人の名以外に複数の人物名が記されている。
「初めて拝見いたします。」
「誰にも見せていないからな。」
フローリアとティアラの存在を否定する者がいた時の、切り札であった。
エンリックが国王になった頃は、まだ署名した者も存命であったから、人前に出す事もなかった。
「もう、当時を知る者は、ほとんどいなくなってしまった。」
ティアラもすでにドルフィシェに嫁ぐ事が決まっている。
エンリック自身以外、即位以前を理解しうる人間は都にいなくなるだろう。
アシューを囲んで、さらに賑やかになった家族だが、いつまでも続かないと思うのは寂しい限りであった。
ドルフィシェにアシュー誕生の報が届くと、クラウドは自分に弟がいないせいか、とても喜んだ。
「父上、お祝いを贈るのでしょうね。」
皇太子妃になる姫の弟王子だから、当然である。
「私が行きます。」
このままでは、ティアラに会えない。
口実があるならクラウドが自分でダンラークに赴きたい。
ビルマンが許すはずもなかったが、連日のようにわめきたてるので、根負けした形になった。
「それなら新年の挨拶も兼ねて、年を越したら行ってきなさい。」
ドルフィシェにも王室行事が、もちろんある。
皇太子が婚約者に会いに行って不在では話にならないのだ。
一月の寒さをものともせず、クラウドはダンラークへ出立した。
表向きは新年と王子誕生の祝いだが、ティアラ恋しさであることは、ドルフィシェでもダンラークでもわかることだ。
エンリックもティアラも、クラウドの熱意にはほとほと感じ入る。
こうまでして望まれるのであれば、少しは国外に嫁ぐことも気が楽になる。
「さすがに今回は長居できません。」
無理矢理、説伏せてきたものだから、僅かの日数しか滞在できない。
「私は一目お会いできただけで嬉しいですわ。いつもお心のこもったお手紙までいただいて、感謝しております。」
クラウドが苦心していることは、ティアラには通じているらしく、一安心する。
遠路を冬に来訪してくれたので、奥へ通されて、アシューに対面する。
「姫のごきょうだいは皆、良く似ていらっしゃる。」
もちろんティアラは別格だが、それぞれ可愛らしい。
サミュエルはエンリックと血がつながっていないとはいえ、顔立ちが母親似のため、他の弟妹といても違和感がないのだ。
何も知らずに見れば、五人とも同じ両親の子と思っても不思議ではない。
ゆくゆくは自分もこのような家庭をと、クラウドは頭に描くのであった。
天が彼にほだされたのか、帰国が一日延期された。
出発の前夜から大雪が降り、止んだのは翌日の夕方であった。
夜の旅立ちは危険なので、結局、次の日に持ち越された。
この不運はクラウドにとって、幸運である。
もう、ドルフィシェを簡単に出国することはないだろう。