何やかやと注文をつける客と同じくらいエンリックは扱いづらいのだ。
「姫もお見立てしてさしあげて下さいませ。」
ランドレー夫人が、ティアラを話題に取り込もうとする。
会話のきっかけを向けないと、まだティアラは上手く話せないらしい。
エンリックの父親としての立場を慮って、
「陛下はセンスがおありにならないから。」
とは、言わなかった。
会議を中断させたこともあり、エンリックは、しばらくして公務に戻った。
臣下に任せきりということもあるが、「働き者の国王様」というティアラの好印象を傷つけたくない。
派手な生活や遊びをしないエンリックは「真面目な王様」というイメージが強い。
執務室には、もう明日からの予定表が訂正されて置いてある。
食事時とお茶の時間の前後は、長く時間を空けてある。
当分は親子で過ごす時間を多く取らないといけないと、考えての配慮に違いない。
ティアラの生活のリズムができてくれば、また変更するだろう。
「手数をかけてしまうな。」
ちょうど、室内に別の書類を届けにきたフォスター・ベルボーン卿に声をかけた。
「いいえ。陛下。」
彼は短く答えた。
エンリックの腹心の中でも一際若く、元は近衛騎士。
剣の腕もだが、その才を気に入られ、おかげで近衛の将軍ともめた末に 、エンリックが近臣として側に置いた。
才能ありと思えば、家柄、出自に関係なく登用した。
エンリックが「良きにはからえ」で済ませる性格でなく、多くに目を向け、耳を傾けるからこそ、私生活において多少のことは大目に見てもらえる。
現にこうして仕事があれば片付けに来る。
国事に関しての責任感は強いのだ。
午後に公務から解放されると、エンリックは一目散に私室へ戻った。
ティアラに手渡したくて、ランドレー夫人にも内緒にしていたものがある。
抱えるほどの大きな箱を持ってやってきたエンリックに、ティアラはなんだろうと思った。
物があふれんばかりの、この部屋だ。
必要なものなど、もうないだろうに。
「開けてごらん。」
ティアラがテーブルの上で恐る恐る包みを開くと、そこには意外なものがあった。
大きな人形だ。
「もう人形遊びをする年でもないかもしれないが、昔は遊び道具さえ与えてやれなかったから。」
エンリックはかなり照れ臭そうだ。
ティアラは手に取って抱き上げると、微笑んだ。
「とても嬉しいです。お父様。」
一般の家庭で育っていないティアラは子供の頃、人形など買ってもらえなかった。
不憫に思った母や修道女が手製の人形を作ってくれたが、時折、店先にあるきれいなかわいい人形が欲しくなることもあった。
−あんなお人形触ってみたい
そういう幼い時期がティアラにもあった。
確かに、ティアラはもう遊ぶ年齢ではないが、この贈り物は憧れの品だったから、山程のドレスより嬉しい。
思ったより気に入ってくれたらしい様子に、エンリックも満足した。
何年経っても変わらない、無邪気なティアラの、この笑顔が見たかった。
この後、人形は昼は居間のソファー、夜は寝室に飾られることになる。
気分がほぐれたのか、ティアラも昨日よりは会話に弾みがついた。
ティアラが世話になっていた修道院は、親が働きに出る昼の間、幼い子供達を預かっていたが、中には学校へ通えない子供もいた。
そんな子供達にティアラは文字や歌を教えた。
それが主な仕事だ。
少し前まで教えられる側だったのが、立場が逆になった。