話を聴いているエンリックは、さぞ辛い目にあったのではないかとはらはらしたのだが、ティアラの話し振りからするとそうでもなさそうだ。
「楽しかったか?」
「はい。」
 迷いのない返事。
 ティアラなりに充実した毎日だった。
「子供は好きですから。本を読むのが苦手な子も、歌うときは元気になってくれます。」
「歌が好きなのだな。」
「はい。あまり上手ではないのですが。」
 これは謙遜に近い。
 泣いてむずかる子でもティアラがあやして、子守唄を歌いだすとすやすや眠ってしまう。
「お茶の後で音楽室へ案内しよう。ピアノもあるから。」
「まあ、ピアノを弾けるのですか。」
 古びたオルガンしか弾いたことがないティアラは、ピアノの鍵盤に触れたときの、澄んだ音に感動して、ピアノの前から離れようとしなかった。
 作法の教師より、音楽の教師を見つけることが先決らしい。

 その夜、エンリックはランドレー夫人とティアラのことを話し合った。
 音楽の勉強をさせたいという意見に、すぐ賛成してくれた。
「音楽はよろしいですわ。私、どなたか探してみます。」
「頼む。後は何が好きだろうか。」
「手芸がお得意のようですわ。」
 女同士、エンリックとは違う会話の中で聞いたことを、ランドレー夫人は教えてくれた。
「裁縫道具は用意してなかったかな。」
 エンリックは首を捻った。
 手先が器用なところは良く似ていると、エンリックはフローリアを思い出した。
 せっかく和んでいるエンリックに、ランドレー夫人が問いかけた。
「陛下はご趣味をきかれたら、何とお答えいたしますか?」
 これは少々意地悪な質問だ。
 エンリックは考え込んだ。
 散歩に昼寝に、花壇の手入れ。
 これでは良い趣味と言えるだろうか。
 歩くのは好きだから、散歩はかまわない。花壇の手入れも、たとえ土いじりでも園芸と言い直せば良い。
 だが、昼寝は問題外だ。
「お庭のご散策はともかく、外でのお昼寝はお気をつけあそばしたほうがよろしいですわ。」
 ランドレー夫人は最後にそう言った。
 図星を指されたエンリックは何かもっともらしい趣味を見つける羽目になった。

 『国王陛下の姫君が王宮にお戻りになられ、近くお披露目になる』
 正式に公布がされると、祝辞に訪れる貴族達で宮殿は溢れ返った。
 さすがに一人ずつ謁見していられないので広間で挨拶を受ける。
 日が経つにつれ、人出は多くなり、エンリックは何度となく広間に足を向ける。
 折あらば、姫の姿を、と思っている者もいたが、それは叶わなかった。
 表の騒ぎをよそに、ティアラは奥で静かに生活を始めた。
 ティアラはドレスよりも人形を、宝石より裁縫道具を喜ぶ少女だった。
 音楽や作法の時間も少しずつ取り入れたが、次第に慣れてきた。
 修道院の暮らしで躾はなっていたし、読み書きも申し分なくこなせるので、教える人間も楽だった。
 徐々に笑顔も増えた。
 エンリックへの呼びかけが「陛下」と「お父様」、まだ交互なのが難ではあったが。
「もう少し甘えてくれても良いのに。」
 ある日、ランドレー夫人に、つい本音を漏らした。
「普通、女の子は、いつまでも父親に甘えないものですわ。それに姫は苦手なようですわ。」
「そういうものか。大きくなられても困るな。」
 エンリックはかなり本気で考えた。