どちらかといえばティアラは世話好きだ。
いきなりお姫様になったからと、人から何かされて当然と思えるわけがない。
「姫」と呼ばれ、目上の人間から敬語を使われ、その変化だけでもティアラには大変だ。
エンリックは時間があれば、宮殿や庭園を案内してくれた。
いつも上機嫌でティアラの相手をしてくれるが、無理をさせているのではないか。
もし、口に出したならエンリックはどんなに慌てただろう。
本当は、一日中でもティアラと一緒にいたいのを、エンリックはやっと我慢しているのだから。
ティアラは、修道院で次から次へとやることがあった生活が嫌いではなかった。
急に王宮へ連れてこられても、一体何をすれば良いのか。
もっとも、エンリックが家庭教師を付けてくれたり、図書室や音楽室を利用したり、色々覚えることも多く、退屈しないで済んでいる。
何より美しい細工の木箱に納められた裁縫道具は時間をつぶすにはちょうどよかった。
針に糸、編み棒、刺繍の型紙まで揃っていて、明るい時間に部屋で過ごす時は、せっせと手を動かしていた。
なるべくティアラを一人にしないように、エンリックもランドレー夫人も気を遣ってくれるが、そういかない日もある。
皆が忙しい中、好きなことばかりしていたのでは申し訳ない気もするが、ティアラが手伝えることもなさそうだ。
仮に自分の部屋の掃除でもしようものなら、すぐさま止められるか、行き届かない点でもあったのかと、人が集まってきたことだろう。
エンリックであれば、
「手が荒れるだろう。もったいない。」
そんな風に言うに違いない。
ティアラの白い手が少女にしては荒れているのを、エンリックは心の中でため息をついていた。
良く晴れたある日、ティアラの部屋に両手に大荷物を抱えてエンリックが入ってきた。
ティアラが思うのには、毎日何か持ってきている気がしてならない。
不足な物があるわけではないから、大抵花が多いが、時に詩集や楽譜だったりする。
今日の贈り物は、また服のようだが、中身がいつもと違っていた。
動くには窮屈なドレスではなく、ごくあっさりした形の服にエプロン。
わざと華美にならないように作られた何着かの衣装。
「その格好では何もできないだろうし、たまに王宮の外に行きたい時に困ると思って。」
厨房での普段着に街着。
ずっと部屋に閉じこもっているのも、ティアラには辛いことかもしれない。
エンリックが息抜きの自由な時間を作っても良いと考えてのことだ。
「但し、一人で出かけては駄目だよ。厨房を使うときも気をつけて。」
「はい。もちろんですわ。お父様。」
もう、宮殿の外へなど出てはいけないのではないか。
そんな不安がティアラにはあった。
王家の姫はひっそりとしていなければという思いは吹き飛んだ。
所詮、ティアラの行く場所は教会か修道院、それでなければ図書館などの文化施設だ。
奉仕活動や社会見学に目くじらを立てることもない。
「急にこちらへ来てしまったから、皆も心配しているかもしれないな。近いうちに一緒に前にいた修道院に行こう。」
「よろしいのですか。」
国王の立場では、気軽に動けないはず。
ティアラの心配を察したのか、エンリックは優しく笑った。
「大丈夫。そのくらいの調整はとれる。それにフローリアにも……な。」
「はい。」
ティアラはエンリックの気持ちを汲み取った。
フローリアは修道院の一角に静かに眠っている。
棺のまま、安置されているわけではない以上、墓所は簡単に動かせない。