もちろん側近の者達は渋い顔をしたが、妻の墓参の名目は無視できない。
 生前会えずじまいだっただけに、エンリックの心情を考えれば当然のことだ。
 多人数では却って人目につきやすいということで、レスター候とフォスター卿だけを随身にして、エンリックがティアラと共に小さな修道院の門をくぐったのは、再会から、半月以上の日がたってからだった。

「まあ、ティア、すっかり見違えて。」
 取次ぎに出た修道女は目を見張った。
 つい、この間まで町の少女だったのが、小さな貴婦人らしくなっている。
 老院長も、ティアラの様子から幸福に暮らしていることを悟って、喜んだ。
 一通りの挨拶が済むと、話があるらしく、ティアラは先に院長室を出された。
「他の子達にも会っておいで。」
 エンリックの勧めの言葉にティアラは素直に応じた。
 また、当分は来られないだろうから。
 二人きりになったところで、 
「失礼ですがお兄様かと思いました。」
 院長は多少の驚きを感じたらしい。
 無理もない。
 ティアラはエンリックの十四の時の子だ。
 年の離れた兄妹にも見えるだろう。
 親子というには年齢が近すぎる。
 ましてフローリアは年上だったのだから。
 それには曖昧な返事をして、エンリックは再度丁重に礼を述べた。
 フローリアとティアラが路頭に迷わなかったのは、この院長のおかげなのだ。
「本当に今まで良くしてくださいましてありがとうございます。あの娘が、ティアラが素直に育ってくれたのは院長のご厚情あったからだと思います。」
 ティアラが席を外したことで非難めいた事でも言われるのではないかと、エンリックは覚悟していたのだが、それはなかった。
 もし彼が二人を過去の過ちとでも口にしたのならありえただろうが、若い父親の娘への愛情が本物なのを知って院長も安堵した。
「いいえ。すべては神の思し召しです。」
 胸で十字を切る。
 エンリックは改めて感謝の述べた後、些少ではあるけれど、と寄付の話を持ち出すと、院長は首を横に振った。
「それには及びません。先日も過分のお心遣いをいただいております。」
 実はティアラを引き取った後、エンリックはすぐに使者を出していた。
 この修道院には破格と思われる寄付だった。
「もし、こちらで不要なのであれば、子供達のためにお願いします。」
 エンリックの頭の中にはフローリアの面影がよぎる。
 もし、ここで手厚い保護を受けていなければティアラとてどのような身の上になっていたことか。
 エンリックが引き下がらないので、院長も恵まれない子のために役立てようということで、申し出を受けた。
 フローリアの眠る場所を聞いて、退室しようとするエンリックに院長は声をかけた。
 「ティア……。ティアラ・サファイア。良い名をお付けになられましたね。」
 老院長もティアラの本名を知る一人だ。
 この時、エンリックは自分の素性に気付かれているかも知れないと、思った。
 確かめる術もなく、一礼して、その場を立ち去るしかなかった。

 一旦、馬車に戻り、用意してきた花束を抱えると、エンリックは急ぎ足で、フローリアの墓所へと向かった。
 今は一人でいたい。
 案外に整っている墓石に名前が彫ってある。
 フローリア・ガーデン
 エンリックは十字架を抱きしめた。
 同時に花が、腕から滑り落ちる。