クラウドはようやく見つけたカイル卿を、自分の部屋まで引っ張ってきた。
「何事ですか。殿下。」
やっと一安心かと思いきや、中身は変わってないと思いつつ、カイル卿が訊ねる。
「一体、何の不満があるのか。待遇か?報酬か?気に入らないことがあれば言えば良かろう。」
「何のお話ですか。」
「宮廷を退出など許さないぞ!」
カイル卿はクラウドの台詞に事情が飲み込めたらしい。
「誤解です。私はお役目を辞す気は毛頭ありません。」
「え!?」
カイル卿はクラウドの側近として、宮殿の一室で起居している身である。
以前は違ったのだが、クラウドの目が離せなくなり、いつしかそうなってしまった。
もうクラウドも子供ではなく、側にいることもないだろうと、住居を外に移そうと思ったのだ。
「いつまでも特別扱いされているわけにも参りません。」
そういうことかとクラウドも安堵した。
どこを経由したかわからないが、宮殿から居を移そうかという話が辞去するに曲解されて伝わったのだ。
「別に不満も不自由もしておりません。ご安心ください。殿下。」
公私の別なく仕えてくれるカイル卿にはビルマンも一目置いている。
王宮暮らしでは結婚にも差し支えもあるだろうと渋々承知した。
邸宅の一つも用意するつもりだったのだが、広い家は必要ないのでと固辞された。
適当な場所が見つかるまで、当面は今のままだ。
「まったくメリッサとレジーナのおかげで慌ててしまった。」
「頼りにしていらっしゃいますものね。」
「まあ、私が五つの頃から一緒にいるから。」
ティアラも初耳である。
クラウドにしてみればカイル卿は兄のような存在で、急にいなくなるといわれれば驚きも慌てもする。
幼い頃とてつもなく暴れん坊だったクラウドに付けられたのがカイル卿。
大人より年上の子供の言う事を利くかもしれないという目論見が見事に当たった。
結局カイル卿は幼年学校も士官学校も通いきれず、王宮で特別授業を受けるようになってしまった。
遊び相手が世話係兼教育係、家庭教師に武術指南と一人で何役もこなしてきた。
クラウドが成長後も側近として離さないのは当然だ。
本当はビルマンが起用したいのだが、他にクラウドを任せられる人物もなく、そのままになっている。
メリッサとレジーナも兄といつも行動を共にしているカイル卿には気を許している。
公務を理由に顔を会わせることが少ない父や兄より信頼されている節がある。
ティアラが来て以来、ビルマンもクラウドも以前よりメリッサとレジーナと接する時間を増やした。
ティアラのダンラークでの話を聞いて反省したのもあるが、二人共いずれ他家に嫁ぐことを認識したからだ。
数年後にはいなくなってしまうのかと思えば、やはり家族の情も別物になる。
本人達はまだそのようなことは考えていないらしいが、いつまでも現在の暮らしが続くわけではないのだ。
「ティアラ、ダンラークには手紙を出しているか。」
「便りのないことが無事な証拠と言うではありませんか。」
首を振って微笑むティアラに、クラウドの顔が曇る。
「それはいけない。きっと心配される。」
今度ダンラークの使者がある時は、必ず言付けるように促した。
何の連絡も寄越さないとエンリックがやきもきするに違いない。
嫁にやるのではなかったと思われるのは、願い下げにしたいのである。
ドルフィシェからダンラークへ使節が遣わされたのは、秋の色が濃くなる時季であった。
結婚した二人の肖像画と婚儀の模様が描かれた絵が届けられた。
さらに美しい彩色の陶器の人形が一体。
婚礼当日のティアラを再現したもので、かなりの大きさがある。
「ドルフィシェには腕の良い職人がいるらしい。」
エンリックが感嘆したほど、見事な品だった。
クラウドがティアラの嫁入り道具の中にエンリックから貰った人形を見て考え付いた。
ティアラは十三の時に父から贈られた人形を今でも大切にしているのである。