物にだけは不自由しないメリッサとレジーナも山程人形は持っているが、全部次々とねだられるまま与えられた品に、そこまで愛着があるかどうか疑問だ。
「贈ってくださった方と作ってくれた方の気持ちがありますから。」
 ティアラは何でも粗末に扱うことをしない。
 修道院という質素な生活で身に付いた習慣は今も続いている。
 さすがにティアラもお菓子作りだけは時間もなく、厨房を使わせて欲しいとも口に出しかねて諦めている。
 エンリックは自分が甘党だったせいもあり、ティアラが何を作っても喜んでくれたが、夫や新しい妹達も同じだとは限らないのだ。
 実はクラウドはティアラの手作りの菓子を味わったことがなく、楽しみに待っていた。
 ダンラーク滞在中、ローレンスからお茶の時間に出てくるレパートリーの数々を聞いていたので。
 今は手が空かないのかと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。
「陛下や殿下に遠慮されているのではありませんか。」
 正確に予測したのはカイル卿だ。
「別に私は甘いものが嫌いではないぞ。」
 クラウドが首を捻るのを見て、可笑しそうに言った。
「妃殿下が厨房に入られることを反対されると思っていらっしゃるという意味です。」
 普通、貴婦人はあまり厨房に立たないということを、クラウドは忘れている。
 実りの秋で材料に困ることはない。
 ティアラはさぞ我慢しているだろうと、気の毒に思った。
 もっとも素直に「食べたい。」とも「作ってほしい。」とも言えず、菓子や料理の本を贈ったりして、促すのである。
 喜んだティアラは何の予定もない日に、いそいそと厨房に向かった。
 ティアラが楽しそうなのでメリッサとレジーナも興味をそそられる。
「お兄様。私達もやってみたいわ。」
 火を使うどころか卵すら割ったこともない妹の言葉に、クラウドはもちろんビルマンも驚愕した。
 最初は見るだけという約束で、何度かティアラの後を付いていった。
 手際良く形も味も申し分なく出来上がるのを見て、飽きてくるかと思えば、自分達も作ってみたくなったらしい。
 試食させられるのはビルマンとクラウドだから、賛成するのをためらう。
 ティアラの手伝いをさせれば満足するかと思って許可したら、気に入ったようだ。
 無論、材料を混ぜたり、完成したものを皿に盛り付けたりと、簡単なことしかティアラもやらせなかったが。
「その内に絶対作りたいと言い出すだろうな。」
「やはりいけませんか。」
「りんごの皮もむけないに決まっている。どんなものを作られるか。」
 どうやら二人の怪我の心配ではなく、自分の胃袋を案じている。
 これにはティアラも呆れてしまった。
「そのような言い方あんまりではありませんか。誰だって始めは不慣れですわ。」
 ティアラはメリッサとレジーナに同情し、協力的になる。
 まずはお茶の淹れ方から教えた。
「いつかお父様やお兄様をびっくりさせてあげましょうね。」
 無邪気にメリッサとレジーナはお互い努力することを約束する。
 ティアラという強力な味方がいるので、クラウドは何も言えないのであった。
 そんな二人の最初の苦心作はジャムとフルーツを使ったサンドウィッチである。
 木苺のジャムも手作りだ。
 手間はかかってもジャムは失敗が少ないし、木苺は皮をむく必要がない。
 何もパイやクッキーでなくても、初心者が簡単に作れるものはあるのだ。
 まずまずの出来だったので、ビルマンとクラウドも褒めるしかなく、メリッサとレジーナは得意気であった。
「あれで自信をつけられてもなあ。」
 夜にクラウドがぼやくのを、ティアラが聞きとがめた。
「まだ信用くださらないのですか。」
 ティアラのいささか非難するような眼差しに、クラウドは黙ってしまった。
「いつ消し炭が出てくるかと思うと不安だ。」
 などと言おうものなら、夫婦喧嘩の元だ。