この年、ダンラークのエンリックの元に、クラウドから一風変わった贈り物が届いた。
 マリッシュの祝いとクリスマスを兼ねてなのだが、随分と大きな箱であった。
 自分でふたを開けたエンリックは仰天して、思わず声を上げる。
「うわっ、何だ!?」
 籐のバスケット共に中から現れたのは、赤ん坊の人形であった。
 本物とみまごうばかりの出来で、エンリックは一瞬たじろいでしまったのである。
「随分と人形の好きな方らしい。」
 エンリックはティアラの花嫁人形を思い出した。
 持ってみると、意外に重い。
 やわらかな革を使ってできている。
 初孫を自分で抱く事を諦めていたエンリックは気に入ったようだ。
 クラウドが生まれた時のマリッシュと、ほぼ同じ大きさで作らせた。
 着ている産着も本人とお揃いである。
 もっとも届けられた頃には、マリッシュも生まれて初めてクリスマスツリーを見て、クリスマスの御馳走をほんのひとかけ、味わうことができるようになっている。
 新年の間まで、ダンラークの宮廷で公開された人形は、その後エンリックが私室へ運び込んでしまい、カトレアの遊び道具にもさせてもらえない。
 時折、エンリックが腕に抱いて孫の感触を味わっていることを知るのは、マーガレットだけである。



 年月が流れるとドルフィシェの王家も人数が変わる。
 マリッシュの生まれた二年後には、第二王子ファルが誕生した。
 この時、クラウドは赤ん坊の顔を見て、
「母上に似て、美人になるぞ。」
 と言い、
「殿下。王子でございます。」
 訂正され、赤ん坊の体を覗き込んで、呟いた。
「あ、本当だ。」
 わざわざ確認したくなるほど、ティアラと良く似た子で、思わず姫かと誤解したのである。

 カイル卿は歩き出したマリッシュの後を追い回す日々になっている。
 クラウドの側近だったカイル卿は、そのまま王子の世話係に戻ってしまった。
 彼もマリッシュ誕生後の翌春、家庭を持つ。
 話を聞いたビルマンとクラウドはどのような相手かと興味津々であった。
(この堅物の心を動かしのは、どこの令嬢か?)
「商家の娘です。」
 本人はこう答えたが、町の小さな雑貨屋の娘である。
 国王と皇太子の信頼篤いカイル卿を婿にと望む者も多かったはずなのに。
「あと二、三年待って、嫁が来ないようなら、メリッサかレジーナをどうかと思っていたんだが。」
 冗談ではあるが、もう少し年齢が近ければ、真面目に考えたかもしれない。
 父と兄は笑い話にしてしまったが、二人の姫は一時期落ち込んでいた。
 何しろ家族以外で一番身近にいたカイル卿は、もう一人の兄みたいなものだ。
 他の誰かに取られてしまう気がして、複雑な心境だったのである。

 ファルが生まれて間もなく、メリッサが青年貴族の元へ降嫁した。
 名のある侯爵家の嫡男で、典礼次官を務めている。
 大変温和な人物で、ビルマンもクラウドも、彼なら大切にしてくれるだろうと思い、結婚を認めた。
 ティアラが母親代わりに嫁入り支度を整え、細かいところまで面倒を見てくれた。
「まったく結婚と出産は、男では役に立たぬな。」
 クラウドは苦笑しながら、ティアラに感謝する。
 王家に伝わる宝物やその他の豪勢な品々に加え、荘園と持参金と共に、メリッサは嫁いでいった。
 婚家では夫を始め、邸の者に今でも大切に扱われ、行事の度に幸せそうな姿を見せる。
 夫が宮廷勤めのため、自分も良く顔を出し、ティアラやレジーナとは以前と変わらず接している。
 親しくする貴婦人も増え、充実した生活を送っているようであった。