ほどなくサミュエルはレティ子爵家からお茶会の招待を受け、その席上で婚約を認められる。
未だに家族で食事を取る習慣は続いており、その日の夕食は大変賑やかであった。
夜に改めてサミュエルは、エンリックの私室に呼ばれた。
祝杯と称して、二人でテーブルに向かい合わせでグラスを傾ける。
「もう酒を酌み交わす年齢になったとは。子供の成長は早いものだ。」
「これまでの陛下のご厚情には、感謝に堪えません。」
いつしかサミュエルはエンリックを「父上」ではなく「陛下」と呼ぶようになり、口の利き方まで改まってしまった。
やはり自分がエンリックと血がつながっていないことを気にしているに違いない。
「さすがに結婚するからには、王宮に住んでもらえないだろうな。」
皇太子以外は王子でも家庭を持てば独立するのが通例だ。
「かわりに邸は私が用意しよう。見合った家門と一緒に。」
「そのようなお心遣いは…。」
「それとも実家が良いか。」
これにはサミュエルも首を振る。
母と共に離れて以来、すでに縁は切れたと思っている。
「私の家ではありませんから。」
「ナッシェル子爵家を継承できなかったのは、私のわがままだ。いずれはきちんとせねばと考えていた。祝儀だと思って受け取りなさい。表立って私が父親として何か出来る事は、少なくなるのだから。」
たとえ住居を移したところで、行き来は制限しないが、公式の場ではそうもいかなくなる。
息子同様とはいえ、臣下に降ることになる以上、やむを得ない。
サミュエルも辞退するのをやめた。
どことは言わないが、ナッシェル子爵家と同じくらいの家名だろう。
別に爵位は望んでいないが、レティ家への建前もある。
だがエンリックは挙式の日取りが決まっても、教えてくれなかった。
典礼大臣はもちろん知っているだろうが、
「職務上の守秘義務がございます。」
この一点張りだ。
当人のわからぬままに、準備が進められていく。
母であるマーガレットにも内緒にしている。
「悪いようにはしない。」
としか言わないのだ。
レティ子爵家にもはっきりとは伝えていない。
上席に位置する者達はエンリックの厳命で他言は禁止されている。
サミュエルがティアラにあてて手紙を寄越したのも、エンリックの指図があった。
「お前から直接教えてやりなさい。きっと喜ぶ。」
マーガレットが侍女として上がった頃から、可愛がってもらったティアラはサミュエルにとっても特別な存在だ。
次々と弟妹が増えても、目にかけてもらっていたことは、今でも覚えている。
まさかティアラ本人がダンラークに来るとは、考えもしなかった。
あくまで故国への表敬を兼ねた里帰りだが、サミュエルのことも頭にいれてのような気がする。
月日が経ってもティアラは昔のままであるらしい。
それはそれで、現在でも弟のようにみてくれているかと思うと、サミュエルは嬉しかったのである。