ティアラが出立する当日。
マリッシュは駄々をこねていたが、クラウドに
「お母様は大切な御用で少しお出かけになるだけだ。ちゃんとお見送りしなさい。兄上だろう。」
諭されるとおとなしくなった。
パールも生まれ、急に大きくなった気がしているのか、やたらと「お兄さん」ぶるようになっている。
さらにティアラから、
「良いお手本になってね。」
などと言われようものなら張り切ってしまう。
だから今日も、
「仲良くして待っているのですよ。」
と言葉をかけられては、頷くしかなかった。
「初めての里帰りだ。楽しんできなさい。陛下方によろしくお伝えしてくれ。」
クラウドの腕にはパールが抱かれているので、ティアラには触れられない。
「はい。ありがとうございます。この子達をよろしくお願いしますわ。」
ティアラはパールをクラウドから手渡され、娘にキスする。
さすがに母親として子供達のことは心配だ。
返そうとした時、クラウドがティアラに頬に口付けする。
「気をつけて行っておいで。ティアラ。」
馬車に乗り込むと、ティアラは窓から家族に手を振り続けた。
その日、とうとうティアラが戻ってこなかったので、ファルは機嫌を損ねて泣き出し、つられてパールもぐずり始め、終いにはマリッシュも、
「お母様、いつになったらお帰りになるの。」
せがまれたクラウドは一人で、三人の子をなだめなくてはならなかった。
(当分、この騒ぎが続くのか。)
母親とは何と偉大な存在かを、改めて思い知らされたのである。
一方、ティアラは何年も前に通った道のりを、別の不安と期待を抱えて進んでいく。
家族はどのように迎えてくれるだろう。
皆、変わってしまっているだろうか。
ほんの赤ん坊だったアシューも大きくなったに違いない。
色々な想像をしながら、旅をするのであった。
ドルフィシェを出る頃は、晩夏の名残も強かったが、国境を越え、ダンラークへ足を踏み入れる頃には、色付き始めた木々や葉も見られるようになった。
緊張して故郷を離れる辛ささえ、我慢しなければならなかった、花嫁道中を思い出す。
ティアラが待っているように、父達も自分と会えることを楽しみにしていてくれるように祈った。
ダンラークの都は以前にも増して活気に満ち、人々も明るい顔をしている。
王宮の門も、覚えているままであった。
あっという間に潜り抜け、到着する。
記憶の中と同じ廊下を歩き、大広間へと通る。
玉座に座っているのは、懐かしい父の姿であった。
「遠路はるばるようこそ。道中いかがであった。」
「はい。陛下にはご機嫌麗しゅう存じます。」
型通りの挨拶だけ済ませると、エンリックはさっさとティアラの前へ降りてきた。
「久しいな。ティアラ。少しは大人になったか。」
エンリックにとっては、いつまでも愛娘だ。
この場は形式上のためだけである。
(お父様、変わってらっしゃらない。)
ティアラも嬉しくなる。
「お元気そうで何よりですわ。」
「奥で皆、待っている。積もる話はゆっくりしよう。」
ティアラの手を取って、退室してしまう。
居合わせた人々は呆気に取られるか、微笑ましく思うかどちらかである。