サミュエルに与えられる新居は、王宮内に点在する邸宅の一つで、宮殿に最も近い。
王侯貴族でも、特に許された者の住居。
つまり王族に準じる扱いが表れている。
他の離宮や邸に比べても、広壮さで引けをとらない。
当初サミュエルは案内された時、間違いかとエンリックに確認してしまった。
大邸宅は必要ないのだが、辞退すれば怒るより悲しむエンリックの顔が浮かび、断りかけて口をつぐんだ。
いくら王宮育ちとはいえ、自分の家かと思うとため息が出る。
使わない部屋がもったいない、などと考えるのはエンリックの影響もあるかもしれない。
エミリの調度類も運び込まれ、二人で邸内を見回った後、王宮で典礼大臣から式次第の注意を受ける。
何せ叙爵式の後に結婚式が続き、そのまま披露宴だ。
宮殿と教会を往復した挙句、当日姓が変わるややこしさには、手順を覚えるだけでも並大抵の苦労ではない。
大勢の貴族が列席し、さらにティアラが臨席するとなれば、精神的圧力もかかる。
エミリはサミュエル以上におびえている。
自分のことで手一杯とはいえ、エミリを気遣う程度の余裕があるのは、せめてもの救いだ。
かつて「宝石の姫」とまで称された国王の愛娘で、隣国の皇太子妃という肩書きのティアラに目通りするのも、エミリには国王と対面するくらいの緊張感がある。
サミュエルに手を引いてもらって、ようやくエミリは歩いているのであった。
何度も足を運んだ奥の居間で、ティアラが待っているのかと思うと、震えがきそうである。
きっちり約束の時刻に、サミュエルと共に現れたエミリを見て、ティアラは妙に納得した。
明るい茶の巻き毛、淡い緑の瞳はあどけない印象が残る。
例えるなら、萌え出たばかりの若葉のようだ。
やや小柄で、長身になったサミュエルと並ぶと、かなり弱々しく感じる。
「可愛らしい方ね。サミュエル。」
ティアラに言われ、赤くなりながらエミリを紹介する。
「妃殿下。私の婚約者、エミリ・レティ子爵令嬢です。エミリ嬢、こちらはドルフィシェのティアラ・サファイア皇太子妃殿下。陛下の第一王女であられる。」
「ティアラ・サファイアですわ。貴女のような妹が出来て嬉しく思いますわ。弟をよろしくお願いしますね。」
「私こそ、お目にかかれて光栄に存じ上げます。妃殿下。」
「ティアラでよろしいのよ。もうすぐ姉妹ではありませんか。」
穏やかに優しく微笑みながらティアラは、エミリの手を取って席に招く。
サミュエルが慌てて、二人の椅子を引いてくれる。
最初、かちこちに堅くなっていたエミリも次第に和んできた。
ティアラはエミリの想像以上に、気品と美しさに満ち、そして優しくたおやかだ。
サミュエルが以前、
「それは綺麗で上品な淑女の鏡のような方だったよ。」
そう褒めていたのは過言ではなかった。
帰りはサミュエルが送ってくれるのだが、ティアラも庭先まで見送ってくれた。
馬車の中でエミリは、サミュエルに言った。
「貴方のおっしゃていた通りの御方ね。」
「お優しいところは、本当に変わっていらっしゃらないよ。」
まだマーガレットが侍女として王宮に上がった頃から、何かと相手をしてくれて、弟妹達が生まれてからも、面倒を見てくれた時のままだ。
ティアラから見れば、大人になったせいかサミュエルが距離を置いて接してくるような気がしてならない。
「あの子、すっかり改まった言葉遣いになってしまったわ。」
「いつもそうだよ。」
エンリックも寂しく思うことだ。
マーガレットの前では、さすがに違うかもしれないが。
「あれで良くエミリ嬢を口説いたかと思うと、聞いてみたいものだ。」
「お父様。そのようなこと、おっしゃって。ご自分はいかがでしたの。」
「私は悩んで考えたさ。」
マーガレットがいれば、どんな顔をしただろう。
フローリアも天上で聞いていて、何と思っただろうか。