人々の視線はティアラにも向けられる。
「とても三人の御子がおられるようには見えぬな。」
「今も変わらずお美しい。」
皇太子妃として帰郷したティアラだが、現在もダンラークでは「宝石の姫」だ。
嫁いだ頃の可憐な清楚さに増して、艶やかさが加わり、深みのある美しさをまとうようになっている。
大多数の人々が美酒と共に酔いしれた一日であった。
賑わいが静まった夜、マーガレットは私室で、エンリックに深く頭を下げる。
「陛下、本当に過分のご厚情を賜り、まことにありがたく存じ上げます。」
妻に必要以上に改まれることが好きではないエンリックは、首を横に振る。
「止めなさい。私は父親としてできることをしただけだ。」
「でもコーティッド公爵家程の権門、他にふさわしい方もおりましたでしょうに。」
「いずれ息子にとは思っていたから。サミュエルも私の大切な子供だ。」
アシューの成長した暁には、また別の家名を与える事になる。
サミュエルが弟達の下に付くことがあっても、決して軽く見られないように配慮もあってのことだ。
ローレンスが別格になるのは仕方がないとしても、他のきょうだいとは同格の立場で扱いたい。
そうでなければ、益々遠ざかってしまう気がした。
「ティアラもサミュエルも大人になったというのに、私は子離れが出来ていないな。」
「親の立場からすれば、どんなに成長しても子供のままですもの。」
サミュエルが大勢の祝福の声を浴びて、爵位と妻を手に入れた日を、マーガレットはいつまでも覚えている事だろう。
在りし日、いつ婚家を追い出されるかと幼い息子と不安に駆られ続けたのが、嘘のようであった。
二日後、新しく自分の領地を持つ身になったサミュエルが妻を伴って、検分に出かけるため、出立の挨拶に来る。
しばらく都を不在にするので、奥の居間にも顔を出す。
カトレアとアシューが一緒に行きたいと駄々をこねる前に、逃げるように旅立つ事になってしまったが。
弟妹二人はローレンス一人の手に余るのが傍目にもよくわかる。
ティアラも自分の子を思い出しながら、相手をする。
考えてみればサミュエルは今よりもっと手のかかる三人を良く面倒見てきたものだ。
「かわいそうにあちこち傷だらけだ。」
エンリックが言うには、かなりの被害をサミュエルは受けている様子だ。
昔から人前では怪我や病気をしても痛いとも辛いとも口にしない子だった。
「つい重宝して子供達の世話を任せてしまったから。」
「お父様は甘やかすだけですもの。」
ティアラも自分に身に覚えがあることなので、笑みがこぼれる。
ローレンスとアシューには叱る時もあるが、それだってサミュエルが一緒に謝るか庇うかするから、強く出られない方が多い。
しっかりした教育係が付いているおかげで、息子達は順調に育っている。
ただ、フォスター卿とストレイン伯を政務に引き戻したいとも思う。
それ以上の人材と見回しても、なかなかいない。
ドルフィシェでも事情は似ている。
カイル卿をいつまでマリッシュとファルの守役にさせるか、クラウドも迷っている。
はたしてクラウドが王になった時、エンリックのように優秀な腹心が集まるだろうかという悩みを人知れず抱えている。
「随分ダンラークの政治のありかたに関心が高いようですわ。」
慈善と奉仕活動以外、一切国政に口を挟まないティアラだが、クラウドが必ずしも現状に満足していない事は察せられる。
「どうしても今以上を求めるからな。もっとも一度崩れたところから始めると、以前より良く見えるような気になる。」
独裁では人は付いてこない。
協調は必要であっても狎れ合ってはいけない。
上に立つ者であれば、どう均衡を保つべきか、考えなければならない問題だ。