幸いエンリックは公私のはっきりした分別に富む人物達に恵まれた。
 クラウドにしてみれば、同時期にそれだけの人間が多く輩出されるのは、羨ましい限りだ。
 利権の絡んだ汚職に手を染める高官がいないというのは、統治が行き届いている証拠なのだから。
 ダンラークは公職に就く者が法を犯した場合、特に公金横領などは処分が厳しい。
 資産家であるなら尚更だ。
 寛容で知られるエンリックだが、この件に関してはかなりの重罰を科す。
「国家と国民への叛逆行為だ。」
 税を着服しようなどとは不敬罪にも値する。
 商人と結託する者が少ないのは何も人格者ばかりだけでなく、自分の身が危うくなるからである。
 極刑にならないまでも財産没収、爵位剥奪の憂き目には合いたくない。
 国外追放にならないのは、温情ではなく自国の恥を他国に押し付けては、諸国の迷惑になるという理由からなのだ。
 
 ティアラが嫁して以来、ドルフィシェからの商人の往来も増え、諸国との交易も進むようになった。
 皆一様にダンラークの体制と治安の良さに感嘆する。
 エンリックが長年にわたり国民に差し伸ばしてきた手は、着実に結果として表れている。
 生活が向上すれば人の心も豊かになる。
 何より貴族や騎士でなくても官職に就ける以上、才能と努力しだいで認められる機会があるのだ。
 慈善施設が多い事も特徴の一つ。
 誰もが安心して暮らしていける国にというエンリックの理想は変わっていない。
 財政的にはドルフィシェが優るかもしれないが、民間への支援の比率はおそらくダンラークの方が高い。
 ティアラは滞在中に、その実感を強くした。
 もちろん合間には劇場や音楽堂にも足を運んだ。
 芸術に興味が薄いエンリックだが、そういった保護にも力を貸す。
 ティアラやマーガレット、周辺に集う貴婦人達の影響もあっただろう。

 予定が特にない日、ティアラは王宮で家族や旧知の人々と楽しく過ごしている。
 ドルフィシェで覚えたお菓子を作ったりもした。
「皇太子妃になっても厨房に立っているのか。」
 よくビルマンやクラウドが許可したものだ。
「結構、喜ばれておりますわ。」
 パイやケーキだけでなく、パンも焼けば料理もする。
 おかげでレパートリーも増えた。
 ほとんどクラウドの好物ばかりだが。
 時折、弟や妹を見て、自分の子供達を思い出す。
 エンリックは約束通り、三体の人形を貸してくれたので、眺めては寂しさを紛らわす事もあった。

 クラウドは婚約した時からティアラへの手紙をせっせと書いては送っていたが、結婚後はエンリックの元へ近況を報告する個人的な書状を今でも送り続けている。
「本当にまめだな。お前の夫君は。」
 エンリックも感心せざるを得ない。
 離れていても娘や孫の様子が知ることが出来るのは嬉しい事、この上ない。
「お父様には気を遣っておりますもの。覚えがありますかしら。」
 ティアラはエンリックがクラウドに向かって、
「不幸にした時は返してもらう。」
 と言った事を知らないようだ。
 今だって、もうドルフィシェに戻りたくないとティアラが泣きつけば、このまま留め置く気はあるが、それはないに違いない。
「もし父王が反対されたらどうされると問うたら、『この国に仕官します。』とまで答えたのは、案外本気だったかも知れぬな。」
「私はうかがっておりませんわ。」
 一体、父と夫はいつの間にそんな話をしたのだろうか。
 義理とはいえ親子にしてはエンリックとクラウドは年の差が少ない。
 どちらかといえば年の離れた兄弟に近い。
 腹を割って話し合えば、お互い通じることもあるだろう。
 娘の夫、妻の父としてではなく、友情関係が成立する可能性が高い。
 双方の国にとって、仲違いが起きないのは、望ましい事である。