何せ三人の弟と妹に囲まれて育ったサミュエルだ。
赤ん坊の扱いは年齢の割りに心得ていて、当たり前かもしれない。
雰囲気が伝わるのか、ローズ以外の三人もすぐになついた。
「良い父親になられるでしょうね。コーティッド公は。」
様子を見ていたカイル卿が、褒めそやす。
少なくともクラウドよりあやすのは上手である事は確かなようだ。
「客人に世話を押し付けて済まぬな。」
昼寝までさせてもらい、クラウドは礼を述べた。
ティアラが子供達の部屋を見回りに行き、二人きりになった時、
「公式の場ではないから、『姉上』で構わぬのに。」
クラウドがサミュエルに言った。
「サミュエル」とティアラが呼びかけても、彼の返答は「妃殿下」だ。
嫁いだメリッサも家族の前では、クラウドを「殿下」とは呼ばず「お兄様」である。
「そういうわけにもまいりません。」
「遠慮が過ぎるのではないか。ティアラは弟と呼び、陛下は息子と思っておられる。もっと気を楽にしてもよいのでは?それとも実の父君への心立てかな。」
「それは違います。」
サミュエルがきっぱりと言い切る。
「人前で父君の話をしないとティアラが言っていたが、そのせいではないのか。」
サミュエルは困惑したような表情をした。
「そうではなくて、私もあまり覚えていないのです。」
ナッシェル家で過ごした数年間の記憶は、いまやおぼろげだ。
王宮に引き取られる前後のことまでは覚えていても、それ以前となると自信がない。
「では陛下やティアラのことを避けずとも良いだろう。」
「いいえ。そのようなつもりはございません。陛下にも妃殿下にも、実の家族のように接していただいた事、感謝しております。」
母のマーガレットが正式に召されて、共に暮らすようになった日のことは、鮮明に残っている。
「今日より私の息子だ。」
エンリックが抱き上げてくれた時、驚きより嬉しさが上回った。
勉学も武術も誰にも引けを取らぬようにと、最高の環境を整えてくれた。
サミュエルにとって、エンリックは実の父以上だ。
「別に恩義を感じてほしい訳ではないと、二人は思ってるはずだが。私もコーティッド公ではなく、名前で呼びたい。」
「どうぞ、サミュエルで結構です。私もそちらの方が落ち着きます。」
「まだ慣れてはおらぬのか。」
クラウドは愉快そうにサミュエルを眺める。
実を言えばサミュエルは「公爵」の称号にとまどって、人に呼びかけられても、咄嗟に返事が出来ない事が何度もあった。
つい自分だというのを失念して、無視しそうになった事さえある。
サミュエルには「寸法の合わない服を無理に着ている」気分だ。
口に出せないことが、辛いことである。
「見かけは大人でも、まだ中身は子供だな。」
クラウドが生真面目なサミュエルを評し、カイル卿に告げた。
「性格が素直なのでしょう。妃殿下と似ておられるではありませんか。」
人を利用したり、疑ったりすることのない種類の人間。
育ちの良さの表れでもあるだろう。
「レスター候にお伺いしたところによれば、ローレンス殿下の手助けにと思っておられたようですが…。」
「何だ。違うのか。」
「さすがにはっきりとおっしゃいませんが、どうやら御自分で登用されたいのではありませんか。陛下は。」
クラウドも、ふと考え込む。
ティアラの話では、サミュエルは子供の頃から聡明だったらしい。
成長した現在、エンリックの予想を超える才能を見出したとしたら、腹心に加える気になるだろう。
人を選ぶ目は、エンリックの場合、天性のものかもしれない。