エンリックが迷っているとすれば、自分の贔屓目も頭の中にあるのだ。
 いまだ若いとはいえ、エンリックは王位に就いている年齢。
 クラウドも、その年頃からビルマンの補佐をしている。
 ティアラにとってはサミュエルもローレンスもただの弟だが、クラウドに、というよりドルフィシェにとっては国交の相手との見方がある。
 さらに将来はマリッシュとファルと深いつながりが出来る。
 これは多少なりともサミュエルを知るクラウドとカイル卿だからこそ、思うことだ。
 ドルフィシェの他の者の目には、礼儀正しい青年貴族としか映らないだろう。
 実際、昼間のほとんどは幼い子供達の遊び相手を要領よくこなして、笑顔を絶やさない。
 四人の子に気に入られたおかげで、滞在中、ティアラと共に相手をすることになってしまった。
 他の用向きはレスター候が引き受けてくれている。
 せっかくの姉弟の再会を邪魔する事もないだろう。
 ただ王宮の中にいるだけではサミュエルも面白くなかろうと、時間を見つけてクラウドとカイル卿が庭園に誘い出した。
 本当は遠乗りにでも行きたいところだが、勝手には抜け出せない。
「剣は上達されたか。」
 クラウドは、サミュエルが少年の日、一度だけ手合わせした事を思い出した。
「多少は上がったかと思います。」
「では試させていただいても良いか。」
 どうやらクラウドは剣の相手をさせたいらしい。
 辺りに人もいない。
「殿下では遠慮されましょう。私がお相手いたします。」
 カイル卿もサミュエルの腕を見たいと思っていた。
 あの頃のまま、順調に伸びていれば、かなりの遣い手になっているはずだ。
 サミュエルは一瞬困惑したものの、受ける事にした。
 騎士であれば、より多くの人間と手合わせしたくなる。
 幸い人目もないことで、二人ともすらりと剣を引き抜く。
 相手を横取りされたクラウドは仕方なく見物に徹することにした。
(これは、なかなか。)
 クラウドは楽しそうに心の中で呟いた。
 どうやらカイル卿が本気で相手をしている。
 サミュエルは並の腕ではないということだ。
 そしてサミュエルも普段とは別人のような厳しい表情。
 簡単に勝負がつくはずもない。
 庭園内で剣の打ち合う音が響けば、次第に人も集まってくる。
 クラウドが人払いも忘れて、見入ってしまった。
 誰も止められないというより、迫力に圧倒されて声をかけられない。
 大体にして、カイル卿と剣を交えて、長時間相手を続けられる人間は多くはないのだ。
 それを知っているから、あの騎士は何者?という目を皆している。
 さすがに、人があまりにも増え始めて、クラウドもこのままにしておけなくなった。
 別に果し合いをさせているわけではないのだ。
(さて、どうやって止めるか。)
 二人とも、人の言葉が耳に入る状態ではなさそうだ。
 お互い周囲に気を配っていれば、人々の姿が見え始めた時に、剣を引いているはずだから。
 一人、クラウドに近寄ってきた人物があった。
「いつまで続けさせるおつもりですか?」
 声をかけてきたのはレスター候である。
 すぐに終わるのであれば黙って見ていたかもしれないが、そうでないことは明白だ。
「間に入れるか。レスター候。」
「まさか。そのような事。」
「では近衛の騎士でも呼ぶか。」
「止めさせるだけでよろしいですか。殿下。」
 クラウドが頷くと、レスター候は、自分の剣を鞘から引き抜いた途端、サミュエルとカイル卿に向かって投げつけた。