恐る恐る手を出した彼らの印象は意外だった。
−甘くない
 本日のお茶菓子のメニューは、ブランデーケーキにジンジャークッキー、ミートパイ。
「皆様、甘いものが召し上がれないとうかがいましたの。」
 エンリックはよくお茶や食事を臣下達と共にしていたから、自分と違い甘いものを好まない人間がいることを覚えていた。
 だから、まとめて招待して、ティアラにも忠告しておいたらしい。
 極力、砂糖や蜂蜜を使用しないように工夫した結果のものだったのだ。
「申し訳ありません。姫にそのようなお気遣いをいただいて、もったいないことと存じます。」
 一斉に頭を下げるしかない。
 テーブルの上に出してあるガラスの器のジャムは食卓の彩とティアラ自身のためらしい。
 客人が大人なので、強い風味の酒を使い、エンリックはともかく彼女には少々きついようだ。
 すっかり恐縮し、おかげでティアラの信奉者になった。
 ヴィッシュ財務大臣は、後日、ティアラの生活予算を練り直したとも言われる。
 中には、急用で欠席を余儀なくされた者もいる。
 パスト司法大臣は当日に外せない所用ができ、夜までかかりきりになった。
 職務上、仕方のないことであったが、夜更けに私邸に帰宅すると、何とティアラからの直筆の手紙が届いていた。
 仕事熱心な彼にねぎらいの言葉が綴られ、改めて招待する旨が書いてあり、疲れも忘れるほど喜んだ。
 今までの招待状はエンリックが書いていて、それ自体名誉な事ではあったが、今回はティアラ本人からである。
 パスト司法大臣は、額縁にこの手紙を納め、家宝にするほど感激した。
 おそらく、ティアラが臣下に直接送った手紙は、これが最初であった。
 すでに面識があるレスター候とウォレス伯は後回しにされたらしい。
 レスター候は最後に組み合わされてしまい、一時落ち込んだ。
 もっともティアラが特別の使者であった彼らを忘れるはずもなく、ウォレス伯に対しても丁重な礼を述べてくれた。
「ご一緒にいらっしゃいましたレスター侯爵にもどうぞよろしくお伝えくださいませね。」
 姫から特別の言葉を賜ったと、レスター候はしばらく妬まれる立場になった。
 ただ、誰もがティアラの愛らしさに感じ入った。
−陛下が溺愛されるのも無理はない
 そう実感した臣下一同は、ティアラに関してのエンリックの行動に多少のことは目を瞑る様になるだろう。

 無事、お茶会の日程が終わった翌日、エンリックに訪問客があった。
 御用達の宝石商と細工師だ。
「ご依頼の品が出来上がりましてございます。」
 自分の目で確かめたエンリックは
「予想以上の出来栄えだ!ご苦労であった。」
 非常に感心し、満足気だ。
 そして、彼らがエンリックの御前を退去した途端、
「舞踏会を開く!ティアラ・サファイアの披露だ!国中の貴族を招集せよ!」
 宮殿中に響き渡る大声で叫んだ。
 季節は、すでに深緑が映える、夏にかかる頃であった。

 王宮での久々の舞踏会。
 しかも王女が公式に姿を現すのだ。
 それはそれは大騒ぎで、書記は招待状の発送のため、連日徹夜になった。
 貴婦人達は大至急ドレスを新調し、国中の仕立て屋は休む間もなくなり、同時に宝飾品を扱う商人達も忙しくなる。
 貴族だけでなく、国民も浮き足立ち、都では国王と姫君のパレードがあるそうだと聞けば、遠い地方からわざわざ見に来る者もあり、宿屋は一部屋に何人もの客を押し込こんだ。
 重臣達は言うに及ばず、庭師に料理人にいたるまで働きづめとなった。
 エンリックも執務室と会議室を往復することが多くなり、ティアラも悠長にお菓子やら手芸やらに費やす時間を惜しんで、作法のおさらいに身を入れる。