臣下の顔色に気付いたらしい。
エンリックは、多少言い訳がましく、付け加えた。
「まあ、世継ぎがいないと困る。ティアラ・サファイアには荷が重すぎよう。女の身で国王では…。」
ダンラークでは女性でも王位には就ける。
ティアラであれば、さぞ慈悲深い女王になるだろう。
だが、エンリックにしてみれば、王族としてより、一人の女性として幸福になってもらいたい。
王位継承者では、望む結婚もできないかもしれない。
政略の犠牲にだけはしたくない。
「どなたかお心に叶う方でも?」
つい声を低くし、多少遠慮がちに、ドペンス候が聞いてみる。
もし、そのような女性がいるのであれば、エンリック個人の問題ではない。
「まさか。これから先のことだ。ティアラと気が合う相手でないと。私と年が離れすぎているのも難だし。」
エンリックは快活に笑って答える。
娘と年の違わぬ女性を側にはおけない。
「……それに、正妃として迎えてやれぬ。」
これは譲れない条件だ。
誰かがエンリックの王子を生めば、世子の母として厚く遇されるだろう。
生前、何もできなかったフローリアに対して、せめて王妃の称号は彼女だけに贈りたい。
少々、話しすぎたと思ったのか、エンリックはその場を、立ち去った。
それを見送る者達は、複雑な心持だ。
「『王母』にはできても、『王妃』には立てられないということですね。」
ストレイン伯が呟く。
女性にとっては厳しい。
貴族の令嬢が簡単に承知するだろうか。
「陛下は出自にはこだわらぬ。そういう御方だ。」
ドペンス候もストレイン伯と同じ事を考えたらしい。
現にフローリアは、ごく普通の娘だった。
ティアラも町育ち。
貴族の出身である必要はないと、エンリックは考えているに違いない。
「とにかく陛下がお世継ぎのことを真剣に考えてくださるだけでも、良しとせねば。」
タイニード伯は大した進歩だと思わざるを得ない。
結局は、エンリック自身にその気がなければどのような女性にも見向きしないのだから。
フローリアが死去しており、ティアラを姫として迎えたからこそ、エンリックは世継ぎの重要性を再認識したに違いない。
多分、一人の女性を後宮に召したなら、目移りすることはないだろう。
決して、子を生む道具とは扱わない。
終生、生母として大事にされるのであれば、側室でも良いという女性もいるはずだ。
その時、反対する者は、おそらくいないだろう。
二日後の午前中には、ティアラ・サファイア付きの侍女となる貴婦人が出仕した。
エンリックは、随分早くに来たものだと、感心したのだが、あいにくと、その日は多忙であったため、本人と会えたのは翌日になった。
午前の公務の合間に、多少の空き時間ができたため、ティアラの部屋へ行こうとすると、廊下でランドレー夫人が、庭だと教えてくれた。
「こちらです。陛下。」
奥の庭に出ると、テラスにティアラともう一人女性が座って、談笑している。
「あれは…?」
ランドレー夫人の紹介だというので、てっきり、彼女と同年輩だと勝手に思い込んでいたが、違った。
多分、エンリックより、年下だろう。
「ナッシェル子爵夫人ですわ。姫とも気が合われたようです。」
エンリックの勘違いを知らず、ランドレー夫人は答えた。
「そうらしいな。」
ティアラがあのように楽しそうに笑っているということは、気が許せる相手なのだ。