(何だ。人妻なのか。)
 若いナッシェル子爵夫人は、令嬢とも思えたのだ。
 エンリックとランドレー夫人に気付いたティアラが、椅子から立ち上がり、足早に近寄ってくる。
「お父様。」
 後ろに控えるようにナッシェル子爵夫人が、深く一礼する。
「こちら、マーガレット・ナッシェル子爵夫人とおっしゃる方。昨日からいらっしゃってくださっているの。」
 ティアラの弾んだ声からすると、一日、二日で、打ち解けてしまったらしい。
「ティアラが世話になる。よろしく頼む。」
 エンリックが声をかけると、恐縮したように返答する。
「お目通り叶いまして、光栄に存じ上げます。陛下。及ぶ限り、お仕えさせていただきとうございます。」
 茶よりは金に近い髪、顔を上げた瞳は淡い空色である。
 親子の邪魔をしないつもりで、退がろうとするナッシェル夫人を、ティアラが引き止めた。
 エンリックも、すぐ戻らなければいけないので、同席を促した。
 再び、テラスの椅子に腰掛ける。
 ここであれば、緑が陽射しを遮ってくれる。
「お子様がいらっしゃるのですって。可愛いでしょうね。」
 元来、子供好きなティアラだ。
 そのせいで話題もできたらしい。
「いたずらばかりですわ。」
 ナッシェル夫人は、微笑を浮かべて答えた。
「六歳ですって。」
 ティアラの言葉を聞いて、エンリックは目を丸くした。
 ナッシェル夫人の子供にしては大きいように感じた。
「随分と…。ああ、いや、可愛い盛りであろうな。」
 慌てて言い直す。
 ティアラがいるエンリックが、他人に
「貴女の子にしては大きい。」
 などと口に出せるわけがない。
 ゆっくり話を続けたいが、そうもしてられないので、
「また、後で。ティアラ。」
 娘にそう言い残し、中へ戻る。
 多少、急ぎ足だ。
 執務室に戻る前に、ランドレー夫人に、
「良さそうな婦人だな。ティアラも気に入ったようだし、話し相手ができた。」
 紹介の礼のつもりで声をかけた。
「私も安堵いたしました。ナッシェル子爵夫人も外に出られたほうが良いと思いまして。」
 少し含みがあるような物言いに感じたが、問い質す時間がないので、聞き流した。
 ナッシェル子爵家。
 覚えがあるような、ないような名だ。
 貴族のことであれば、宮内大臣か典礼大臣に聞けばわかる。
 ナッシェル夫人は、夕刻には帰宅した。
 幼い子もいるので、慣れるまで通いで出仕する。
 ティアラが名残惜しそうだ。
 エンリックが公務の後、ベリング典礼大臣の執務室を訪ねると、アドゥロウ宮内大臣もいる。好都合というものだ。
「御用であればお伺いしますものを、恐縮に存じます。」
 ベリング大臣が、エンリックを出迎えた。
「いや、聞きたいことがあるだけだ。二人が同席でちょうど良い。ナッシェル子爵家知っているか。」
 席につくなり、そう切り出した。
 ベリング大臣が、
「存じておりますが、何か?」
 エンリックの来訪の意味を確かめる。
「夫人がティアラの侍女として出仕してくれたのだが、私は良く知らなくて。」
 ベリング大臣がアドゥロウ大臣と、お互い顔を見合わせた