エンリックの質問にベリング大臣が答える。
「ランドレー夫人の推薦は彼女でしたか。気の毒な婦人でして。」
「何がだ。」
 別段、変わった風には見えなかった。
 ベリング大臣は、多少、声を低くして言った。
「ナッシェル子爵は、去年、いえ、一昨年になりますが、病気で亡くなっております。」
「では、未亡人か。あの若さで。」
 驚いたエンリックが声を高くする。
 夫に死別して、気落ちしているナッシェル夫人の気を紛らわすために、ランドレー夫人は出仕を勧めたのかも知れない。
「あの家も相続問題がありますので、そちらの件かと思いました。」
「男の子がいるのだろう。問題あるまい。」
 エンリックは午前中の会話を覚えていた。
 一瞬、、ベリング大臣は迷ったような顔をしたが、話し始めた。
 ティアラの侍女になる貴婦人の家の事情をエンリックに隠すことはできない。
「一応は夫人と親族が子息の成人まで、後見する形なのですが、少々あの方は良く思われていないようなのです。」
「善良そうな婦人だが…。」
 エンリックは淑やかな感じのナッシェル夫人を思い出し、首を傾げる。
 とまどっているベリング大臣のかわりに、アドゥロウ大臣が答えた。
「人柄ではないのです。その、夫人が貴族の出身でないことが気にかかっているようです。」
 エンリックは納得した。
「そういうことか。」
 平民出の夫人と幼い子供。
 あわよくば追い出して身内のものにしたいのだろう。
「異議を唱えているのは誰だ。一族で反対しているのかもしれないが。」
 二人とも答えたくない様子だが、国王の下問を無視できず、ベリング大臣が仕方なしに、返答する。
「故ナッシェル子爵の弟御、ジョン殿です。」
「子息にとっては叔父か。」
 エンリックが怒り出す一歩手前の表情を露にする。
「子爵の地位を甥に渡すのが、惜しいと見える。」
 俗物が、と小さく呟くと、気分を害したように、退室してしまった。
 残された大臣二人も、後味の悪さを覚える。
 やはり耳に入れるべきではなかったか。
 叔父シェイデに都を追われたエンリックがこのような話を快く思うはずがない。
 エンリックのナッシェル家の心証は、一気に低下すると共に、夫人とその子息に同情した。

 当のナッシェル夫人は、ティアラに忠実に仕えてくれた。
 夫人と親しい仲であるはずの、ランドレー夫人もエンリックに何も言わない。
 もちろんティアラは子爵家の内情など知らない。
「マーガレット夫人はとても刺繍がお上手なの。」
 いつの間にか、名前で呼ぶようになったらしい。
 ナッシェル夫人は控えめな性質らしく、エンリックがティアラの元を訪ねると、余計な話もせず、どちらかといえば父と娘の会話を微笑ましく思っている様子だ。
 ティアラはと言えば、
「お姉様ができたようで嬉しいわ。」
 と、無邪気に喜んでいる。
 前にもまして楽しそうなので、エンリックは無用なことを口に出すのをやめた。
 婚家がどうでも、夫人自身に問題がなければ、それで良い。
 何より、ティアラが侍女というより年長の友人ができたように振舞っている。
 ティアラとランドレー夫人の信頼は、エンリックにそのまま反映されるのである。