ある、薄曇の日、公務から解放されたエンリックが、ティアラの部屋へ出向くと、ナッシェル夫人と二人並んで、手芸の最中だった。
(良く飽きもせずやっている。)
 エンリックは、ほとほと感心する。
 暇さえあれば散歩ばかりしている彼とは雲泥の差だ。
 手を止めたティアラはエンリックに話しかけた。
「今度、マーガレット夫人は教会のバザーに出品なさるのですって。私も何か作ろうと思いますわ。」
「姫様には、もったいないことと存じ上げます。」
 ナッシェル夫人が遠慮がちに言う。
 奉仕活動に熱心なところも、ティアラと気の合う条件のようだ。
 類は友を呼ぶとは本当のことらしい。
 知っていてランドレー夫人は侍女にと、エンリックに推薦したに違いない。
「構わぬ。いくつでも出品しなさい。それは、いつにある。」
「七日後でございます。」
 ナッシェル夫人の返答に、エンリックは少し考えた。
「教会のバザーか。ティアラ・サファイアも行きたいだろう。」
 途端にティアラが目を輝かせる。
「お父様。お許しいただけますか。」
「たまには良い。もう一人警護の者もつけるが、ナッシェル子爵夫人、同行してもらえるか。」
 ナッシェル夫人は驚いて、立ち上がった。
 こうもあっさり、王女の外出を認めるとは思っていなかったらしい。
「はい。陛下。」
 彼女にはエンリックの言葉はお願いより、命令に近い。
 勅命とあれば、どこでもティアラに付き従うだろう。
 ティアラもナッシェル夫人にかなり好意的だ。
 時々、音楽の時間など、一緒に過ごす事もあるらしい。
 ティアラが教師に付いている時間は、ランドレー夫人といるか、控えの間でおとなしくしている。
 宮殿の表に出てこないので、誰かが言わなければ、ナッシェル夫人の存在に気が付かないかもしれない。
 ある近臣の一人は、エンリックとティアラがランドレー夫人以外の貴婦人と親しそうにしているので、訝しく思ったものだ。
 
 エンリックが勝手にティアラの外出を決めてしまったことは、
−陛下は姫に甘い
 と、思わざるを得ないだろう。
 二人だけでは不用心なので近衛の騎士を付けるつもりで、フォスター卿に相談してみる。
 彼も近衛の出身だ。以前の同僚などで腕の立つ者も知っていると思われたからだ。
 返答はこうだ。
「私がお供いたしましょう。」
「フォスター卿なら安心だろうが、私用を頼むわけにはいかぬ。」
「私用などとは。職務と心得ております。」
 文官とはいえ、フォスター卿は騎士だ。
 当時、上官だったサロリィ将軍が、いずれ自分の片腕にと思っていた節がある程の剣士。
 あまりフォスター卿が迷惑と感じてないようなので、エンリックは彼に任せることにした。
 顔見知りの人間なら、ティアラも心強いだろう。
 後で、フォスター卿は抜け駆けだと、散々詰め寄られた。
 どこで知ったのか、ウォレス伯が
「いつも忙しいのだろう。私が替わる。」
 そう言ってきた時、
「その日、私は非番ですので。」
「尚、ずるいではないか。」
「とにかくお気遣いは結構です。」
 いつになくぶっきらぼうだ。