現在は状況が違う。
問題はもう一つある。
ナッシェル夫人は、どう思っているだろう。
きっと「国王陛下」、でなければ「ティアラの父」。
エンリックを個人として意識されているか怪しいものだ。
かくして、エンリックは大いに悩むことになる。
自分の気持ちを伝えないことには、気が付いてもらえないのは明白だ。
ため息をついたり、始終、落ち着きがなくなったり、沈んでいたり、様々である。
懲りずにお茶の最中に考え込んで、
「お父様、かぼちゃはお好きではなかったのですか。」
パンプキンパイを見つめたまま、動かなくなり、ティアラに声をかけられ、慌てる始末だ。
−最近、陛下がおかしい。
程なく臣下達のの間で、そんな声がささやかれる。
何人かで集まるとその話になる。
「姫と何かあったのだろうか。」
レスター候が心配すれば、
「そんなことはないだろう。」
ウォレス伯が打ち消す。
それであればもっと大騒ぎになるからだ。
「ご病気ではあるまいな。」
タイニード伯が不安を口にすると、フォスター卿は首を傾げる。
「まさか。『今日はフルーツタルトだ』と先程おっしゃっていました。」
食欲のある病人など、早々いないだろう。
ティアラとの諍いでもなく、体調不良でもないとすれば、、原因は何だというのだ。
誰もエンリックが初恋に苦しむ少年のように戸惑っているとは考え付かなかった。
相談する相手もなく、エンリックは一人図書室の蔵書を漁る事にしたが、物語や詩集を読んで赤面するだけだった。
(どうしたものか。)
書物の並んだ棚から目を逸らすと、偶然目に入った人物がいる。
ヘンリー・ポウスト卿。
宮廷一の伊達男で知られ、文字通り独身貴族を謳歌しているとの評判だ。
彼が邸を追い出されないのは、男爵家の跡取りだからという噂もあるくらいだ。
突然、袖口を引っ張られ、部屋の隅に連れてこられたヘンリー卿は、
「女性問題は得意だろう。」
と、いきなり国王に聞かれ、面食らった。
さては、恋の相手の一人でも耳に入ったのか。
「一体、女性とはどんな言葉を好むのだ。気の利いた台詞くらい存じておるなら教えてくれないか。」
思わず、ヘンリー卿は周囲に人がいないか確認し、主君を改めて見つめ直した。
大真面目な表情だから、冗談でも皮肉でもないらしい。
どこの誰だか知らないが、堅物のエンリックの心を射止めた女性がいるとは。
興味津々であったが、問い質すわけにもいかない相手だ。
「私には、はかりかねますが、中々難しいものです。」
「ヘンリー卿でもそう思うか。」
自分は誤解されている、とは思ったが、ヘンリー卿は口に出せない。
「表面だけ飾った言葉では決して振り向いてもらえません。心情を込めてやっと通じるものです。」
一般論ではあるが、ヘンリー卿に当てはまるか疑問が残る。
だが、エンリックに対しては有効だった。
少し考え込むようだったが、
「参考になった、ありがとう。」
エンリックは静かに図書室を出て行った。
その姿が消えてから、ヘンリー卿は廊下に出る。