とんでもないことを耳にしたヘンリー卿は、真偽の程を確かめたいのは山々だが、適当な人物が思い浮かばない。
歩いていて、ようやく旧知のウォレス伯とフォスター卿にばったり出くわし、談話室の一番奥へと誘う。
「何事かあったのか。」
ウォレス伯が怪訝な顔をする。
「こちらが聞きたい。ウォレス伯。陛下はどうされた。」
「どうとは?」
「妙だと思うことはないのか。貴殿達は。」
ウォレス伯とフォスター卿は顔を見合わせた。
ヘンリー卿が宮廷に赴くのは、貴婦人を口説くためだとまで言われる。
それが何故エンリックの様子が変だということを知っているのか。
痺れを切らしたヘンリー卿は言った。
「鈍いな。陛下は病に侵されている。」
「滅多な事を口にしないでいただきたい!」
フォスター卿が語気を強くする。
ヘンリー卿は続けた。
「重症の恋煩いだ。」
ウォレス伯は、一瞬、言葉を失い、思わず笑い出した。
「ヘンリー卿でもあるまいし。担ぐのなら別の冗談にしてもらえないか。」
頭から信じてないらしい。
「本当だ。現に私は先刻陛下の御下問にあって、身のすくむ思いをいたのだから。」
図書室での出来事を話した。
他の者ならいざ知らず、この二人なら差し支えないだろう。
「しかし、お相手はどなたです。」
フォスター卿は腑に落ちないらしい。
エンリックと親しい女性がティアラとランドレー夫人以外にいるとは。
「心当たりないのか。」
ウォレス伯は首を振る。
「あるものか。間違いないのか、それは。」
「絶対だ。賭けても良い。」
ウォレス伯とヘンリー卿の遣り取りに、フォスター卿が割って入る。
「不謹慎です。そのような事。」
事実なら一大事だ。
賭けの対象などもってのほか。
第一、不敬ではないか。
先にフォスター卿が席を立った後、ウォレス伯が釘を刺す。
「口外するなよ。」
「口止め料は?」
面白そうなヘンリー卿にウォレス伯は言った。
「フォスター卿に斬られても良いのなら、ご自由に。」
あの真面目な性格であれば、ヘンリー卿など不忠者と思われかねない。
「当分は諦めよう。」
「そうしておいてほしい。私も黒髪の女官の事は見なかった事にする。」
ウォレス伯はヘンリー卿が女官の一人を誘っていたのを、知っていたらしい。
談話室を出ようとしたところで、ウォレス伯はもう一度ヘンリー卿を呼び止めた。
「あまり派手な遊び方はするな。テオドールは俺より頭が固いぞ、ヘンリー。」
「ご忠告、感謝しよう。覚えておこう、ステファン。」
今でこそ、人前では敬称でお互いを呼び合っているが、実はレスター候、ウォレス伯、ヘンリー卿は、昔からの友人同士、いわば同年の幼馴染だった。