こうしてはいられないとばかりに、司法大臣と宮内大臣に声をかけ、緊急会議が召集される。
いきなり呼び出された臣下達は、誰もが、いつそんな事態が起こったのかと驚愕するばかりだ。
ウォレス伯とフォスター卿は、先日ヘンリー卿が事実を述べていた事を知った。
すでに、本人の承諾を得ているだけに、エンリックは強気だ。
意中の女性がいるなら、もっと早くに知らせてくれなくては、皆、困る。
妻とはいうのは、エンリックの気持ちの問題で、形式上は側室扱いになる。
ただ、未亡人とはいえ子爵夫人を、召し出すとなれば、大げさでなくても手順を踏まなければ、非礼に当たる。
「ご子息はいかがなされます。」
ベリング大臣が問う。
「もちろん、私が引き取る。母親と引き離すなど、もっての外だ。」
予想通りの返答。
パスト大臣がただ一つの問題点を指摘する。
「しかし、子爵家の次期当主です。」
「継ぐ者はいるのだろう。」
「ナッシェル家が納得いたしますか。」
サミュエルは正式に認められた嫡子だ。
「私が養子にすると申せば、反対する者などいないだろう。」
マーガレット夫人は詳しく語らないが、居心地が良くなかったのはわかる。
彼女と息子を子爵の地位と天秤にかけたなら、喜んで差し出すだろう。
サミュエルが成人した暁には、別の家名を与えても良いというのが、エンリックの見解だ。
法的に夫婦になるわけではないが、エンリックの性格から、事実上、妻を娶る事には何ら変わらない。
将来、世継ぎの母になるかもしれない女性。
臣下としては熟慮の末、賛成したいのだが、反対しても無駄だろう。
その時は王権をもってしても、説き伏せるに違いない。
人騒がせな主君のおかげで、予定外の一日になってしまった。
子爵家への通達だけは、抜かりのないようにしなければならない。
名目上、マーガレット夫人がサミュエルの親権を持つとしても、実際、エンリックが先々の面倒を見るとなれば、後から言いがかりを付けられたり、かさにきられたりするのは迷惑千万。
形式に必要な書類を作成して、典礼大臣が自らナッシェル子爵家へ出向く。
ドペンス候も同行する。
夕刻近く、王宮からの使者を迎えた故ナッシェル子爵の弟、ジョンは仰天した。
まさか、あの目障りな兄嫁が失態でもしたのか、と。
もし、そうなら息子ともども引き渡してやろう。
関わりがあると思われては、心外だ。
しかし、用向きは違った。
「国王陛下におかれましては、ナッシェル子爵夫人にいたくお心を動かされ、お側に召されたいとの事、ご了承願いたい。」
ベリング大臣の口上に、喜んでと言いたいが、心配もある。
側に召すという事は、結婚ではない。
籍を抜くのでなければ、この家は誰のもの、ということだ。
現王は堅物の上、情に厚い。
もし、マーガレット夫人が今までの経緯を泣きついていたら?
−ぜひ、我が子に子爵家を
そんな風に願い出ていないとも、限らない。
「サミュエルは、兄の子はどうなりましょうか。」
恐る恐るたずねる彼にドペンス候が答える。
「本来、ナッシェル家の後継ぎではあるが、ご幼少故、夫人と離れる事は不憫とのお考えから、陛下がお手元にて、ご養育をお許しくだされた。相続者の件ならば適任者もおられる由、ジョン・ナッシェル卿。」
これで文句があるかと、言わんばかりの口調だが、ジョン卿は気付かなかったらしい。
「大変にありがたいお話で恐縮に存じます。当家にとりまして名誉なこと、この上もありません。」
厄介払いができる上に、地位と財産が手に入る。
国王の思し召しなら、聞こえも悪くない。
「近々、正式にお迎えなされるであろうから、そのおつもりで。」
ベリング大臣が何枚かの文書を差し出す。
すでにエンリックの署名がなされている。
約束を反古にすることはない。
マーガレット夫人にサミュエルの親権を全面的に認める書類に署名させると、二人は子爵家を後にした。
国王が首を長くして、帰りを待っているはずだ。