奥向きのことでは敵わないので、エンリックは暑い中花壇の手入れをする事にした。
 ティアラと、奥の庭を散歩した時、
「ここにマーガレットの花壇を作ろう。」
と、話した。
「私も同じことを考えていましたわ。」
 せっかく花の名前を持っているのだ。
 エンリックにしては気の利いた考えだ。
 庭師に任せれば良いものを、自分でやりたがるから、臣下達は大変だ。
 公務の合間に抜け出されて、泥だらけの主君を、無理矢理引き戻すのは一苦労なのだから。
 相手が国王でなければ、世話を焼かせるな、と一喝したい所だ。
「予定通りにお迎えなさりたければ、陛下にもすべき事をなさってくださいませんと。」
 早目に切り上げようとするエンリックを、レスター候が会議室に押しとどめる。
 いつも途中で席を立つから、議題が片付かない。
 釘を刺されたエンリックは、渋々ながら諦めた。
 皆の視線も痛い。
「そう言えば、レスター候もいつまで独身でいる気だ。ウォレス伯も。絶やされては先代に顔向けできぬ。もう、私に付き合わなくても良いから、相手を見つけてはどうか。」
 エンリックの周囲には貴族でありながら家庭を持っていない者も多い。
 行方知れずの妻子を捜していた国王の手前、少なからず遠慮している臣下もいた。
 レスター候は、
「私は時間がかかりそうです。話のまとまっている方からお願いしましょう。」
 彼より若いストレイン伯に目を向ける。
 某家の令嬢と婚約したまま、何年もたっている。
 破談にならないのは、家同士というだけでなく、本人達が思いあっているからだ。
 エンリックが落ち着くのであれば、他の者も安心して、自分の事を考えられる。
 しかし、前以て約束ができているならともかく、これから結婚相手を探すには難しいと、レスター候は思っている。
 彼に釣り合う年齢の女性は嫁いでいて当然だ。
 かと言って、半分の年では、まるで娘。
 それこそ、主君のように、一度夫を持った事のある女性を求めるしか、ないないようであった。
 
 多少残暑の、初秋の頃、王宮から差し向けられた馬車に乗り、マーガレット夫人とサミュエルが、門をくぐった。
 ナッシェル家では、今までにないくらい、出立の今日まで二人を丁重に扱った。
 最初に使者が来た日など、あからさまに態度が変わって出迎えられた。
「若い身で後家を通される事もないと心配しておりました。このようなおめでたいお話を黙っておられるとは、お人の悪い。」
 義弟の常にない優しい言葉に空々しさを感じながら、
「急なお話でご相談の間もなく、勝手をいたします。」
 マーガレットは殊勝気に答えたものである。
 
 居間ではエンリックとティアラが今や遅しと、待っている。
 娘がいるので、エンリックもおとなしく座っているが、一人であれば部屋中歩き回って、気を紛らわしていたに違いない。
 ようやく、ノックの音がして、ランドレー夫人に付き添われ、サミュエルの手を引いて、マーガレット夫人が現れた。
「本日よりお世話になります。以後、よろしくお願い申し上げます。」
 勢いよく立ち上がったエンリックが、迎え入れる。
 口上など聞いていられない。
「よく参った。待ちかねたぞ!」
 ティアラも傍へ近寄って来る。
「今日からお母様ですわ。」
「ありがとうがざいます。姫。」
 ティアラがマーガレット夫人の手をとって、微笑む。
「ティアラ・サファイアです。お母様。」