母の後ろではにかんでいるサミュエルをエンリックが両手で抱き上げる。
「今日より私の息子だ!サミュエル。」
サミュエルは驚いた顔をしているが、嫌がっている風ではない。
腕にサミュエルを抱えたまま、二人の部屋に案内する。
マーガレットの部屋は品の良い色で統一され、調度にも趣味の良さを感じさせる。
ソファーにおいてある花の刺繍のクッションは、ティアラのお手製だとわかる。
「お母様のお名前だから。」
ティアラが恥ずかしそうに言う。
その他にも、テーブルクロスや花瓶敷きなど、細やかな心遣いが感じられる。
少ない日数で作り上げるには、手芸の得意なティアラでも大変だっただろうに。
装飾品の見立ては、ティアラとランドレー夫人が嬉々としてやっていたから、エンリックは庭師に頼んで、部屋に飾る花を調達するくらいだ。
衣装は、そう簡単に多く用意できないので、すこしずつ増やしていく事になる。
サミュエルの部屋は男の子でもあるし、本人が好きだというので−エンリックは知らなかった−青と緑で色調が整えている。
子供向けのおもちゃも何種類か用意してある。
これはエンリックが主に指図した。
彼とてサミュエルの年頃は王子として、王宮で遊んで暮らしていた。
そんな時期もあったのだ。
「あと、とっておきのがあるから。」
散歩がてらに、宮殿内の馬場に出る。
ティアラもここには来た事がない。
「子馬だ!」
エンリックがサミュエルを地面に降ろすと、栗毛の子馬に向かって駆け寄る。
「気に入った?」
「はい!」
元気の良い返事。
やはり男の子だ。馬を見て目が輝いている。
「まあ、お父様。いつの間に。」
感心したようにティアラが言う。
サミュエルが乗りこなせるくらいの子馬。
エンリックが手配させた事はランドレー夫人でさえ知らなかった。
「上手になったら、一緒に遠乗りに行こう。サミュエル。」
乗馬で遠乗り。
エンリックの腹心が耳にしていたら、さぞ目を丸くしただろう。
大体、武芸に関しては誰もがため息をつく。
それにも関わらず、昨日は一人で外出している。
ティアラにも内密で。
行き先は、フローリアの墓所、である。
エンリックとしては話しておきたかったのだ。
マーガレットのことを。
眠るフローリアに、静かに心の中で語りかけた。
(後添いを迎える事にした。ティアラも慕ってくれている、気立ての良い女性だ。人のあたたかさを一度知ってしまった以上、一人では生きられないらしい、私は。だが、今までの過去のすべてと王妃の名は貴女だけに。人の心をありがとう。フローリア。)
十字架の前で、正式な騎士の一礼をする。
色褪せることのない思い出と、新しい明日への、それは儀式であった。
今、目の前にはしゃいでいるサミュエルがいる。
ティアラとマーガレットが、微笑ましく見守っている。
これから始まる日々が、ずっとこうあってほしいと願わずにはいられないエンリックだった。