その頃、極端に人付き合いをしなくなったウォレス伯を当時のレスター伯親子は心配した。
「この家に関わっては、他家に迷惑がかかる。」
問い質して答えた理由はこれだ。
「あれは王ではない。俺はあの男を『陛下』とは呼べぬ。」
今にも謀反を起こしそうなウォレス伯を押しとどめるため、必死に説得した。
「せめて殿下が成長なさるまで、我慢してほしい。」
その言葉に思いとどまって、エンリックの復権を待った。
都に迎える話が出た時、ウォレス伯は自分が行こうとして、貴族達が反対した。
「ウォレス家とレスター家が動けば、すぐに追っ手が来てしまう。」
仕方なく都で帰還を待つ事になった。
シェイデが自害しなければ、ウォレス伯が討ち果たしたかったに違いない。
エンリックが登極した後、領地へ戻ろうとしたある日、王宮へ召し出された。
「王族は嫌いか?ウォレス伯。」
シェイデとの経緯を知った若い国王は、ウォレス伯が都を離れる事を誤解したらしい。
「違うのであれば、新しい国造りを手伝ってくれないか。人手が欲しい。」
率直な言葉に打たれ、以来忠誠を尽くしている。
ウォレス伯程の名家の出身で、容姿も申し分なく、才能を認められた現在、巻き添えにならないよう人を寄せ付けなかった頃と違い、縁談を考えてもよさそうなものだ。
「一度、傾きかけた家だから。」
ウォレス伯がそう言うのをベリング大臣は勿体無いと思う。
シェイデによって、理由なく断絶された貴族は、エンリックが元の爵位と領地を返還したが、一族諸共粛清されて再興されなかった家名もある。
エンリックが相続問題に関して寛大な所以だ。
後継者が赤子であっても直系である場合、問題なしと認めた。
マーガレットとサミュエルがすぐさま子爵家を追い出されなかった理由もそこにある。
幼少だからといって勝手に親族が乗っ取る事は、エンリックは許さないだろう。
ある貴族が次期当主が子供でしかも病弱なので変更を願い出たことがあった。
「明日をも知れぬ重病人でもないのだろう。大人になって丈夫になったらどうする。」
当主が健在の内に届出されている場合はともかく、死後、内輪もめの結果、取り合いになる事がある。
だが、エンリックの言葉は心無い人間から、財産を守る盾となった。
立場がt弱くても、正当な権利を主張すれば典礼・司法の両大臣が調査する。最終的にエンリックが不当な申し出ではないと確認すれば、一度他人の手に渡っても取り戻せる。
「財や力だけあっても仕方ないだろうに。」
訴えがあるたび、ため息をつく。
エンリックが宮殿と王位のために払った代償は大きすぎた。
彼にとって家族以上の財産など考えられない。
国王の考えは周囲も自然影響されてくる。
フォスター卿は騎士だったが、ヴィッシュ財務大臣は平民だ。
貴族でも騎士でもない者が大臣とはと反対する声をエンリックは無視した。
「貪欲な貴族より清貧な平民の方が財務担当者には向いている。」
実際、ヴィッシュ大臣の就任以来、財務に関して悩まされた事はない。
彼は無理な支出を求められれば、
「そのような予算はありません。」
と断った。
「何とかするのが職務ではないのか。」
と、詰め寄られても、
「ないものを出せと言われても困ります。余裕のある時に再検討させてだきます。」
平然と受け流した。
公費で賄う額は桁が違う。
どこの部署でも予算は多く取りたい。
国庫を預かる者として、全部の要求は聞いていられない。
エンリックも財政に問題があると聞けば、どこにいても飛んでくる。
「不景気になれば、仕事が見つからなくて失業する者もいるのです。」
ヴィッシュ大臣の忠言である。