エンリリックは休暇の終わる日に、サミュエルについてストレイン伯にたずねた。
「賢い御子ですね。名前も書けますし、絵本は簡単に読みこなしています。飲み込みが早いです。」
むしろ足し算−まだ一桁だが−ができるあたり、進んでいるほうだ。
「運動能力は?」
「それは他の方でないと、私には、はかりかねます。」
才識はあっても武術がからきしなところは、エンリックと良い勝負だ。
どちらかと言えば、武芸より才気ある者が多いといわれるエンリックの近臣たちの中で、文武両道の誉れが高いのは、レスター候、ウォレス伯、フォスター卿である。
(よりによって堅物ばかりか。)
エンリックは三人の顔を思い浮かべた。
彼らが聞けば、誰のせいだと怒るかもしれない。
エンリックが考えあぐねている内に、レスター候から声をかけてきた。
「ご指南役は見つかりましたでしょうか。」
「いや、まだだが。」
僭越ではありますが、との申し出はウォレス伯とフォスター卿と三人交替で空いている時間、正式に決まるまでお相手仕る、と言う内容だった。
願ってもない話だが、どういう風の吹き回しか。
実はエンリックがサミュエルに乗馬や剣を教えていると聞いて、三人で相談したのだ。
六歳の子供相手ならエンリックでも平気だろうが、不安になった。
勉強を教えるのであればともかく、武術に関して主君は信用がない。
一人で丸腰で外出するなど言語道断とかなり厳しく諫言すれば、
「あんな重い物、持ち歩いてなんの役に立つ?」
すまして返答するくらいだ。
使えなければ意味がない。飾りなら必要ないと開き直る。
「苛めるでないぞ。相手は子供だから。」
レスター候やウォレス伯がエンリックに手厳しいのは公務に不熱心な時だけだ。
ひどい言い草である。
揃って挨拶に来られて、何も知らなかったマーガレットは恐縮して頭を下げた。
エンリックとの間の子であればともかく、連れ子のサミュエルに重臣ともいうべき彼らに面倒を見てもらうのは行き過ぎのようだ。
もちろん、毎日ではない。
晴れた日の日中に限られる。
夕方では陽の落ちるのも早いし、秋風も冷たくなる。
飲み込みが早い、とはストレイン伯の感想であるが、それは学問だけではなかったようだ。
サミュエルは吸収力が抜群だった。
もし間違いを覚えてしまったら、そのまま身についてしまうに違いない。
「数年立てば陛下に追いつきます。」
とは暴言であるかもしれない。
さぞ、エンリックやティアラに甘やかされて、わがままになっているかと思いきや、サミュエルは素直で利発な男の子だった。
子供に不慣れな三人の腹心は予想より楽だったので、わずらわしさを感じずに済んだ。
母親の躾が良いのだろうと思うとマーガレットを見直した。
エンリックが妻にと望んだだけの女性である、と。
稀に稽古がお茶の時間に差し掛かると辞退する事が多いが、レスター候とウォレス伯は是非にと勧められれば断らないが、フォスター卿は誘いを受けたくても受けられない。
その日のお茶菓子を聞くわけにもいかず、残念ながら執務室に引き上げる。
サミュエルがフォスター卿の甘い物嫌いを知るはずもなく、ある日菓子の包みを手渡されてしまった。
お茶も飲む暇もないほど、忙しいと思ったらしい。
作ってくれたのはティアラだが、まさかサミュエルがフォスター卿にあげるためだとは、気付かなかった。
ため息をつきながら、執務室に向かい、扉の手前でレスター候に声をかけられた。
「浮かない顔をして、どうかされたか。」
手の包みを見て、返事を待たず納得したらしい。
「差し入れとは羨ましい。中身は?」
「多分、クッキーだと思います。」
感触でわかる。