いよいよ、前夜祭が近付いてくると、誰もの歩調が早くなる。
 厨房では国王自ら、初めてクリスマスメニューの希望を出してきたので、材料の吟味に余念がなかった。
 庭師は、雪で滑りやすくなっている道の雪かきや、庭園の仕上げに精を出す。
 この時期、病院や慈善施設にも王室からの寄付や援助が下りる。
 理由があって家族とクリスマスを過ごせない人々のために、教会や修道院も門戸を開け放す。
「皆が楽しんでいる時に、一人でいたくない。」
 エンリックが国民の前に王宮の門を開く理由の一つだったが、今年からは少し違った意味になりそうだ。

「すっかり出来上がったな。」
 クリスマス・イブの前日である。
 大広間のクリスマスツリーを見て、エンリックが満足気な笑みを浮かべる。
 窓も壁も、すべて装飾がなされている。
「はい。後は天候が良ければ問題ありません。」
 レスター候が相槌を打つ。
 今日は風が冷たいが、晴れ間が見えている。
 エンリックは、準備が整った室内を見渡して、言った。
「レスター候、少しの間、人払いをしてもらっても良いか。」
「何故でございましょう。」
「マーガレットとサミュエルにも見せてやりたい。」
 サミュエルは夜の催しに出るには幼すぎる。
 一人にしておけないので、マーガレットも奥にいることになっているが、それは建前だろう。
 公式の場でエンリックの隣になるのを、憚っている。
 エンリックの心意を汲んだレスター候とベリング大臣が、係の者達を、一旦、退がらせる。
 連絡を受けたランドレー夫人がティアラとマーガレット、サミュエルの三人を大広間に連れてきた。
「すごい!こんなに大きいツリー、初めて見たよ。」
 サミュエルは驚きのあまり、見上げたまま、動かない。
「何と見事でしょう。」
 と、マーガレットが言えば、ティアラも、
「素晴らしいわ。」
 その一言しか出てこない。
 マーガレットもティアラも、思い切り枝を広げたツリーの下で、立ち尽くしている。
 サミュエルが恐る恐る、幹の根元に触っている。
「本物だね。」
 あまりの巨大さに、実感を確かめたらしい。
 興奮冷めやらぬサミュエル達を連れ、エンリックは庭園へ行く。
「こっちも大きい!」
 思わず走り出したサミュエルに、
「転びますよ。気をつけなさい。」
 マーガレットが注意するが、耳に入ったかどうか。
「こちらは公開されるから、昼の間、見に来ても楽しいだろう。人出も多いが、子供には菓子が配られる。」
 クリスマスの余興。
 足りない事はあっても、余った事はない。
 子供であれば、身分の別なく渡され、とても王宮だけでは作り切れないので、菓子店からも買い集めている。
 どれが当たるか、わからない。
「存じておりますわ。」
 数年前、マーガレットも、もっと小さかったサミュエルを連れ、前夫ナッシェル子爵と来たことがある。
 あと少しで順番というところでなくなってしまい、息子が泣き喚いた。
 見かねた親切な兄弟が、二人でもらったからと、一つ分けてくれて事無きを得た。
 きっとサミュエルは覚えていないだろう。
「早目に参りますわ。」
 また、駄々をこねられては大変だ。
「私もよろしいでしょう。お父様。」
 ティアラは、クリスマスの開放された王宮に、入ったことがない。
「疲れないようにな。」
 ティアラには儀礼上、大広間にも臨席してもらわなくてはいけない。
「気をつけますわ。」
 ティアラは素直な返事をして、明日を待ちわびるのであった。