クリスマスに合わせ、樅の木と同じ濃い目の緑色。
ティアラには大人びた色だが、デザインで少女らしさを感じさせる。
髪飾りのかわりに、サファイアの宝冠を載せる。
マーガレットは間近に見て、エンリックのティアラへの愛情の深さを感じずにはいられない。
おそらく、これ以上の品はどのような細工師も困難だろう。
エンリックが王妃を持たないのは正しい。
宝冠において、ティアラに優るものなどあり得ないのだから。
支度を終えたところで、ランドレー夫人が扉を開けると、エンリックも廊下にいた。
ちょうど、ティアラを迎えに行こうとしていたらしい。
見送るマーガレットに、
「後で四人で祝おう。」
その後で彼女にだけ聞こえるような小さな声で、すまない、と言った。
多分、これから先、同じようなことは、何度もあるだろう。
「お待ちしておりますから。」
二人に笑顔を向ける。
気にする事はない。
それを承知でマーガレットはエンリックの求めに応じたのだから。
公式な場ではなく、私人として、共に過ごすために。
眩いばかりの大広間で、ティアラは落ち着かない様子を、表情に出すまいと必死だった。
披露の舞踏会のような重苦しさより、和やかな雰囲気が漂っているとはいえ、一度や二度で慣れるものではない。
きらびやかに着飾った人々の間で称賛を浴びているのは、まるで自分ではないような気がするのである。
知っている人間もごく限られているので、なるべくエンリックから離れないようにする。
音楽が流れる中、ティアラは視線を動かす。
「お父様、ストレイン伯爵夫妻ですわ。」
見覚えのある人物を目にして、エンリックに声をかける。
「さすがに今日は夫人同伴か。ダンスの相手ができて良かったではないか。」
エンリックも気が付いて、思わず笑みがこぼれる。
周囲から勧めたのだろう。
多少、気恥ずかしげにストレイン伯が妻の手を取って、踊りだした。
「お上手ね。とてもお似合いだわ。」
ティアラが、素直な感想を言う。
「おや、私が相手では不服か。ティアラ・サファイア。」
「とんでもありませんわ。」
エンリックの差し出した手の上に、ティアラは自分の右手を重ねる。
当分の間、二人のダンスの相手は、お互いしかいないだろう。
エンリックは他の貴婦人には興味がなく、ティアラは貴公子や騎士達が近付きたくても、国王が盾となってしまうから。
遅くなりすぎないうちに、途中でティアラが挨拶をして、奥へ退がる。
「皆様、楽しんでいらしてくださいね。」
にっこりと微笑んで大広間からいなくなることを残念がる者の吐息が聞こえてきそうだ。
エンリックとて追いかけて行きたいのを我慢している。
主催者が姿を消すわけにはいかない。
もっとも、今夜は無礼講に近いから、国王などいなくても良いかもしれないが。
典礼大臣が工夫してくれたとはいえ、特別な行事だ。
予定より遅れて、エンリックが戻ると、三人はちゃんと待っていた。
サミュエルはクリスマスの御馳走をおあずけされて、多少拗ねていたようだが、目の前に料理が並んだ途端、忘れてしまった。
詰め物をした七面鳥、魚のパイ包み、中をくり抜いて調理されたかぼちゃやジャガイモ、その他、色々な料理の皿が運ばれてくる。
食事の雰囲気を楽しんでいる三人と違って、サミュエルの皿はすぐ空になるので、給仕がつききりだ。
食後は、砂糖やクリームで飾ったケーキ、桃やプラム、林檎を使った菓子、果物の皿が次々と出て来る。
誰も止めないので、サミュエルは迷う間もなく、両手のフォークとナイフを置くことがない。