元々、十周年記念式典が予定されている年。
エンリックが人事のように、
「面倒だし、金がかかる。」
と、言うのを聞いて、宮内、典礼、財務の三大臣から激怒された。
「我が国は、それほど貧しくはございません。」
ヴィッシュ財務大臣に大量の関係書類を執務室に持ち込まれた事がある。
どういうわけか、エンリックは「ウチの国は貧乏」と思い込んでいる節がある。
確かに、即位当時はあまり豊かでなかった一面もあるが、こつこつ時間をかければ、国庫もゆとりが出てくる。
第一、宮廷が都の活気に満ちた様子に反して、パッとしないのは、国王自身の生活が地味なせいだということに、まったく気が付いていない。
一つには、やはり長い間の田舎暮らしも影響している。
当初、目の前に並んだ宮廷料理を見て、
「もっと普通の食事にしてほしい。」
と言われ、近侍の者達も苦慮したものだ。
エンリックは鹿肉や鴨のローストより、豆のスープが口に合う国王だった。
芝居も音楽も狩猟も興味ないので、王室主催の行事もごく限られてくる。
自分が勝手に浪費しない理由を、財政難に結び付けないでほしいものだ。
ただ、最近になって生活が急に変化し、行事も立て続けに増えてきた。
国王としては、国政を圧迫するような、出費が嵩む事は避けたい。
「記念式典の引き延ばしは可能か。」
ある日、会議の席でのエンリックの発言に、
−また、始まった。−
そう言わんばかりに、ため息が室内に溢れる。
これは、いけないと思ったのか、エンリックが言い直した。
「夏には、子も生まれる。できれば一緒に祝いたいのだが、無理だろうか。」
式典とマーガレットの出産時期が重なっている点を考えたのだ。
もし、男児であれば、世継ぎの王子の披露が同時にできる。
王女であっても、ティアラと二人並べば、王妃の存在がなくても、華やかさが増すだろう。
「男であれば、武術大会を催すというのはどうか?」
エンリックが、不意の思い付きを口にした。
「御前試合でございますか。」
レスター候が同意しても良さそうに、思案をめぐらせる。
過去振り返っても、記憶にない。
「国中の腕自慢を集めたら、さぞ皆喜ぶでしょう。」
ウォレス伯も賛成のようだ。自分も出場したいのかもしれない。
武芸に関する行事がほとんどないダンラークだ。
たまには良い機会である。
「姫だったら、音楽会にしよう。ティアラもいることだ。」
エンリックの提案に、ベリング大臣は会場設定を、ヴィッシュ大臣は予算を頭に描く。
どちらに転ぶかで、大きく変わる。
二通りの案を、お互い練らないといけない。
中止にするとエンリックが言わなかったので、臣下一同、安堵した。
新しくなっていく王室の姿を、国民に広く知ろしめす機会を潰す気は、エンリックにもなかったのである。
厳しい冷え込みが続く中、サミュエル一人は、元気に外の庭に遊びに行く。
大雪の後、埋もれそうな中を歩くのさえ、楽しいらしい。
マーガレットはもちろん、ティアラも付き合えないので、エンリックが雪遊びの相手をする。
二人して、雪だらけで帰ってきて、濡れた服を着替えて、暖かい部屋で熱い飲み物を手にするのも、格別なのだ。
もっとも、清掃係は大変である。
雪を外で完全に払わず、廊下で服に付いた雪を撒き散らすのは、大人も子供も変わらないから。
エンリックも連日、サミュエルと遊んでいられない。そうしたいのは山々だが。
その時は小姓たちが供をしてくれる。