春は花が咲き揃う奥の庭に、今年の冬は雪だるまが点在している。
 中には、動物か何かの形のものもある。
 フォスター卿が乗馬のかわりに、室内で軽く剣の稽古をしてくれた後で、サミュエルは自慢げに案内した。
 その有様に、感心する。
「よく、これだけたくさん作れましたね。」
「父上が、陛下が手伝ってくれました。」
 一応、人前ではエンリックを「陛下」と呼ぶようにしているらしい。
 毎日、雪に戯れても、サミュエルは、風邪にもかからず、しもやけにもならない元気な子供であった。
 ティアラは新しい毛糸を取り出し、サミュエルの防寒用に何か作ろうとしたのだが、
「ティアラ様は陛下に作って差し上げてください。あの子のものばかりで、拗ねてしまいますわ。」
 マーガレットが笑って忠告する。
 エンリック以外の三人の部屋に、色々手作りの品が増えていく様を見て、
「まったく、自分達ばかり…。」
 と、こぼしているのを聞いたからだ。
 だからといって、催促するのは子供じみていると自覚して、我慢しているらしい。
 マーガレットがエンリックの性格の中に、サミュエル並の稚気があることを悟るには、時間がかからなかった。
 無理は禁物と、とうとう冬の間、マーガレットは一切の外出を足止めされた。
「礼拝堂なら、王宮にもある。」
 教会にも行かせてもらえず、ティアラも一緒に閉じこもってしまった。
 エンリックが意地悪でなく、心配しているためなので、マーガレットもあえて逆らわないが、ティアラとサミュエルには外出の機会を作ってくれた。
 教会へのバザーの出品を口実にして、穏やかな晴れた日に送り出す。
 渋々とエンリックが了承したのは、
「その日はすぐ近くに所用がありますので、お供仕りましょう。」
 ウォレス伯が申し出たからである。
 当日、出かける際、エンリックは言った。
「私の時と態度が違うのだな。」
「姫は陛下のように、遊びに出かけられるわけではありませんでしょう。」
 遠慮のない言葉でやり返されて憮然とする主君を置き去りにしてしてしまった。
 ウォレス伯が同行するのであれば、護衛もいらない。
 風もなく、真冬の陽気にしては、かなり暖かい。
 行き交う人々の顔も寒さに震えている様子は少なく、通りも賑やかだ。
 一度、教会にティアラとサミュエルを降ろして、
「中でお待ちになっていてください。」
 念を押して、二人の側を離れる。
 所用があるのは本当だ。
 すぐに終わってしまったので、引き返すと、仲良く楽しそうに内部を見て回っている。
 声をかけるのをためらい、ほんの少し外で時間をずらして、迎えに行った。
 馬車を走らせようとした時、
「あの方、困っていらっしゃるわ。」
 窓の外を見て、ティアラが声を上げる。
 道のぬかるみに馬車がはまって動かなくなったらしい人影があった。
 若そうな婦人一人の他は、御者しかいない。
 ウォレス伯が自分の御者と共に手伝うと、間もなく車輪が外れた。
「本当にお助けいただいてありがとうございます。私、オルト家の者でエレンと申します。貴方様は?」
 彼女は控えめに礼と姓名を名乗った。
 ベールの奥の顔にどことなく、見覚えがある。
「ステファン・ウォレスと申します。先を急ぎますので、失礼いたします。」
 先に名乗られたので、返答せずに立ち去るわけには行かない。
 エレンは、ティアラ達の馬車を一礼して見送ってくれた。
 ウォレス伯は、宮殿を帰る道すがら、公園に立ち寄った。
「国民の憩いの場所を確認する事も姫の義務ですよ。」 
 せっかく久しぶりの外出なので、遠回りの口実を考えておいてくれたらしい。