広々とした公園を一周するだけでも、ティアラとサミュエルには、良い気晴らしになる。
今は葉のない木立も、深緑の季節は別の顔になる事だろう。
お茶の時間に間に合うよう、ウォレス伯は二人を王宮へ送り届けた。
後刻、執務室に戻ったエンリックは、勝手に回り道をしたウォレス伯に何と言おうかと考えていたが、
「公園のベンチが一箇所、修理の必要があります。報告書も作成しておきました。」
きちんと見回りを兼ねていたらしいので、、結局、別の事を口にした。
「どこかの馬車が動かすのを手伝ったらしいな。ティアラが褒めていた。」
「教会の前では見過ごせません。確かオルト家の方だとおっしゃっていました。」
「オルト男爵家か?エレン嬢だな。」
ウォレス伯が驚く。
エンリックが名前を知っている貴婦人とは珍しい。
「年始のご挨拶に見えられていましたね。」
やっとウォレス伯も思い出した。
途中、気分でも悪くなったのか、ランドレー夫人に付き添われ、控え室に退がっていったのが、彼女だ。
「律儀に新年だけは、顔を見せてくれている。」
新年だけとは、人前に出る事が苦手なのかもしれない。
妙に気になったので、ウォレス伯は、ベリング大臣の執務室を訪れた。
典礼大臣は、貴婦人の情報窓口ではないのだが、最近、珍客が来るようだ。
オルト男爵家の話を切り出すと、ベリング大臣は不思議そうな表情をする。
「ウォレス伯は、当時宮廷を避けていらっしゃたから、御存知ではないのですね。」
席を勧めながら、言った。
ウォレス伯が邸から出なかった頃とすれば、エンリックの即位以前だ。
「何か事件でもありましたでしょうか。」
他家の、しかも貴婦人ことなので、ベリング大臣もためらった。
覚えている者もいるであろうからと、前置きをして話してくれた。
「男爵令嬢は、一時宮廷にいらっしゃたことがあります。」
「女官だったのですか。」
ベリング大臣は首を横に振る。
それくらいの事なら、隠し立てする必要などない。
「後宮に召されたのです。」
「でも、彼女は…。」
どう見ても、マーガレットと同じ年頃だ。
十年前であれば、少女に違いない。
「社交界にデビューしてすぐでした。今の陛下が戻られる直前で、最後に後宮に入られた方でしょう。」
エンリックが都に凱旋するまで、おそらく一月もなかったという。悲運としか言い様がない。
貴族間では有名な話で、大分噂にもなったらしい。
ならばエンリックが知っていて、当然だ。
後宮にいた女性はエレンだけではなかったが、全員に多額の下賜金と共に生家へ帰した。
無理矢理召しだされ、戻る実家がない者にも、手厚い保護を与えた。
後に嫁いだ女性もいるが、人目を忍んで生活する女性もいる。エレンのように。
何とも気の毒な話だ。
ウォレス伯が知らなかったのは、出仕していなかったせいもあるが、先代伯爵夫人の件があるので、誰も彼の耳に入れるのをはばかったのだろう。
(あの痛ましそうな翳りは、そのせいか。)
実は、クリスマスの前日も見かけた。
周り中、着飾っているのに、年齢に似合わぬ地味な色の服装をして、クリスマスツリーを物憂げに見つめていた。
その事が頭にあったから、新年に宮廷でも目に付いた。
エレンの母である男爵夫人が病弱で、邸で看病して過ごす以外は、教会通いの日々らしい。
エンリックは新年にしか王宮に来ないような口ぶりだったから、会う機会もないに等しい。
オルト家を訪問する名目も見つからないので、ウォレス伯は何故か途方に暮れた。
意外にも、数日後、オルト家からウォレス伯の元へ、一通の招待状が舞い込んだ。
先日の礼としてお茶にとの誘いだった。
改まって返礼される程の事でもないが、断るような非礼はしない。