叙爵を控えていたのも、できるだけ手の届く場所に置いておきたかった。
家族としての年月を大切にしたい。
いずれ臣籍に降ってしまう日まで。
「結婚なぞ、まだまだ先だと思っていたのに。おまけに一人でさっさと相手先へ申し込んできて。」
事前に一言も相談もなかったことが気に障るらしいが、エンリックだって人のことを言えた義理ではない。
いきなりマーガレットを迎えると臣下達を仰天させた。
サミュエルの叙爵にしても、当日まで本人に家名を教えないよう厳命したのは知れば辞退するのが目に見えるからとの理由だ。
兄弟のまとめ役になってくれれば充分だったのだが、今やエンリックが自分の補佐にと望むまで才を伸ばした。
まるで王子といっても通じそうな貴公子然とした容貌のサミュエルからは想像しにくいが、実は騎士にひけをとらぬ武術を身につけている。
現在、あえて文官の道を選んだのは、出来るだけエンリックの近くで役に立ちたいというサミュエルの意志にもよる。
いつまでも息子でいられなくても、せめて貴族として仕えたい。
サミュエルにてみれば親孝行の裏返しだ。
「口に出されないだけで、陛下に恩義だけ感じておられるわけではありません。」
レスター候がエンリックを安心させるかのように言った。
「それならいいが…。」
明け方近く、サミュエルが目を覚ます前、今度はエンリックが眠ってしまう。
束の間、二人が聞いていない見たレスター候とフォスター卿の会話があった。
「中々、性格が似ておられる親子であられる。」
「まったく当人同士はあまり気付かれてませんね。」
雨音が静まる中、少しずつ暗雲も薄らいでいくのであった。
一夜明けた朝は、しばらくして陽光が差し込んできた。
どうにか嵐は過ぎ去ったようである。
四人で外に出ると、晴れた空の色がところどころに見えている。
折れた木々の彼方にうっすら虹がかかっていた。
フォスター卿が辺りを馬で一回りすると、まだ川の増水は収まってはいない。
「足場も固まっておりませんし、水が引くまで今しばらくは動かない方がよろしいでしょう。」
午後になると、気温も上昇する。
王宮でも迎えを差し向けた頃だろう。
途中で落ち合う事を考えて、一足先に狩猟小屋を出る。
まだぬかるんではいるが、馬が走れない状態ではない。
森を抜けるには、どうしても川を越える必要があるが、一番浅瀬の小川の向かいに迎えの一行がいた。
ちょうど橋にかかった流木をどかしているところだ。
早くに来たはいいが、道筋の確保の作業に手間取っていたらしい。
ずっと手前に馬車が待っている。
エンリックが王宮に戻ってきたのは、夕刻前であった。
思ったより元気なエンリックの姿を見た近臣達は安堵の吐息を漏らす。
「心配かけたな。私は大丈夫だ。皆は無事であったか。」
重臣達の面々が揃っているのを確認して、エンリックは昨夜共にあった三人を振返る。
「もう帰って休んで良い。疲れただろう。世話をかけた。」
うっかり寝込んでしまったエンリックとサミュエルは別にして、レスター候とフォスター卿は一睡もしていないはずだ。
嵐の晩に帰らずでは、それぞれの家族も気を揉んでいるに違いない。
お互い似たり寄ったりの、いかにも濡れた服を乾かしただけの格好では王宮内を歩くにも差しさわりがあるので、その場は引き上げるのであった。