日が経つにつれ、出産準備も段々と整えられていった。
フローリアが心強く感じたのはネルジェ夫人という女性がいたことだ。
エンリックの元乳母で、身の回りの世話をする人間は必要であると、自ら望んで都から付いて
きている。
二人で生まれてくる子の産着や靴下を作りながら、ネルジェ夫人はエンリックの幼少の頃の話を
楽しそうに語って聞かせたりした。
ベッドやゆりかごはゼアドが調達した木材で組み立てており、何となくエンリックは手持ち無沙汰に
なってしまう。
老医師が勉強のかわりに赤ん坊の扱い方やかかりやすい病気などを教えるようになると、
エンリックは熱心に耳を傾けた。
「赤ん坊が生まれるまで父親が出来る事って案外少ないな。」
別にエンリックに限ったことでもないが、本人は気にしていて、なるべくフローリアに重い物を
持たせないようにしている。
指折り数えている内に、いつしか季節は春になっていった。
毎晩、二階の寝室までエンリックがお腹の膨らんだフローリアの手を引いていくのだが、
昇りきったところで指が離れ、フローリアがうずくまった。
額が汗ばんで、息が苦しそうである。
「フローリア!」
エンリックの声を聞きつけて皆が走りより、ベッドにフローリアを寝かし終えると、さっさと追い出されてしまった。
「何か私に出来る事は!?」
「お湯を沸かしておいてください。」
ネルジェ夫人の言葉を聞いて、エンリックはありったけの鍋をかき集め、何度も井戸を往復した。
一晩中、火を絶やさないようにし、動いていないと不安らしいのが、側にいるゼアドにも手に取る
ようにわかる。
熱気による暑さの部屋でエンリックは心配のあまり青い顔だ。
結局、一睡も出来ないまま、窓の隙間から、朝陽が差し込んできた。
「夜明けですね。」
ゼアドが窓を開け放すと同時に、赤ん坊の泣き声が響いた。
はっとして、エンリックが立ちすくんでいると、老医師が階段を下りてきた。
「エンリック様、お生まれになりました!フローリア様もご無事です。」
「良かった!」
エンリック十四歳、フローリア十六歳の陽春の朝。
急いで駆け上がると、ネルジェ夫人の腕に生まれたばかりの赤ん坊が抱かれていた。
「可愛らしい姫君でいらっしゃいます。」
「姫か!」
まぎれもなく両親から譲り受けた明るい金の髪。
自分の娘。新しい家族。
エンリックの表情はこの上もない喜びと感動に溢れている。
「ありがとう、フローリア!」
横になっている愛妻の手をおもわず力一杯握り締めてしまった。
フローリアは微笑んでかすかに頷いた。
今は離れたくないだろうとネルジェ夫人はそっと退室して行った。
しばらくして様子を見に行くと、眠るフローリアに寄り添って、エンリックも目を閉じていた。
エンリックが姫の名前を一生懸命考えている時、傍らであやしていたフローリアとネルジェ夫人が共に
声を発する。
「目が開きましたわ。」
「え!?」
覗き込んだ娘の瞳は、深い青。
エンリックと同じ色に輝いている。
「まあ。綺麗な青ですこと。きっと宝冠が映えますわ。」
「宝冠?」
エンリックが聞き返すとネルジェ夫人が答えた。
「はい。サファイアの宝冠ですわ。」
ダンラーク王家の女性は代々サファイアの宝冠を戴くのだ。