カトレアは婚儀の前日にクリントの都に到着した。
 日向の国、と称されるだけに、明るい陽光が差し、沿道といわず、街並みといわず、花壇や
街路樹が整備されており、花々で埋め尽くされている。
 宿として用意された別邸は、王宮から少し離れた閑静な小高い丘の上に立つ。
 馬車から降りたカトレアを、マティスが待ち構えていた。
「まあ、殿下。来てくださいましたの。」
「はい。姫が近くにいながら、明日まで会えないのが待ち遠しくて。」
 予定では明朝、マティスがカトレアを迎えに来る事になっていたのだ。
 一足先にクリントに着いたティアラとクラウドからカトレアに会ったと話を聞き、マティスは
我慢できなくなったらしい。
 ただ家族水入らずの邪魔をする気はなく、大して長居せずに帰って行く。
「明日、また参ります。」
「お待ちしておりますわ。」
 カトレアが差し出した右の手首には銀のブレスレットがはめられていた。

 ひとしきり楽しい団欒を過ごした夜、部屋に戻ったカトレアは寝付けそうになく、窓を開いた。
 微かな木々の葉擦れの音が風に運ばれてくる。
 ダンラークの花の姫と呼ばれるのも、今夜で最後だ。
 月明かりに照らし出される、左手の紫水晶の指輪。
 贈り主もまた私室のバルコニーで、金の鎖のペンダントを握り締め、元の持ち主の
いる方向を見つめている。
 夜明けまで、これほど長く感じたことはなかった。

 眩しいくらいに良く晴れた婚礼の朝。
 マティスはただ一人の肉親に花嫁となる姫を紹介するために、挙式前に王宮の門を潜る。
 カトレアの目の前に白亜の宮殿。
 豪壮というより、まるで瀟洒という形容が当てはまりそうだ。
 外まで出迎えに姿を表した国王カスパルは、穏やかな微笑をたたえていた。
「ようこそクリントへ。花の姫。」
 マティスと同じダークブルーの瞳の青年である。
「カトレア・ヴァイオレットです。お目にかかれて光栄に存じます。」
 手を取っている弟にカスパルは言った。
「聞きしにまさる美姫だな。マティス。確かに毎晩夢に見ても無理はない。」
「兄上…、いえ、陛下…!」
 マティスの上気していた顔が、さらに赤くなる。
「ああ、話は後にしよう。」
 挙式と祝宴の時間が刻々と迫っており、招待客も首を長くしているのだ。
 さすがに大聖堂での式は厳かだったものの、王宮の祝宴に場に移った途端、祝辞と
新たに迎えられた王弟妃の美しさを称える声で溢れかえった。
「花の都に花の姫とは、何とも華やかではないか。」
「本当にお目出度いことだ。」
 口々に寄せられる言葉を耳にしたカトレアが呟いた。
「花の都?」
 首を傾げるカトレアに、ローレンスが説明する。
「クリントは『日向の国・花の都』と呼ばれているんだ。」
「どうして教えてくださらなかったの。」
 驚きを隠せないカトレアに、ローレンスが目を丸くする。
「てっきり知っているものだと…。」
 カトレアがクリントへ嫁ぐと聞いた時、都の別名が気に入ったのかと思ったほどだ。
 自然とマティスに視線が動く。
「気恥ずかしくて、言えなかったのです。」
 カトレアに、「花の姫」に向かい、「花の都」へなど、偶然とはいえ、いかにも取ってつけたような
気の惹き方ではないか。