本気で不安そうな表情を浮べる、くすんだ金褐色の青年をサミュエルは見入っていた。
笑っては失礼だ。
マティスは大真面目なのである。
「まだ婚約者はおりませんよ。殿下。」
「そうですか。」
マティスは心底、嬉しそうに言った。
競争者は何人いるか知らないが、望みがあればいい。
「陛下は結婚に関しては、本人に任せるようなところがおありですから、結局はカトレア自身が
決めることになるでしょう。」
カトレアも結婚を意識はしているようだが、すぐに嫁ぐ気があるかどうか。
現在、不足のない相手を品定めしているくらいだから、とはサミュエルもマティスには
言えない。
しかしドルフィシェを通じてまで申し込んできたのには、感心するばかりだ。
「私一人が疎まれるのは構いませんが、クリントに累が及ぶのは困りますので。」
クリントは代が替わって日が浅い。
マティスの勝手な行動で、ダンラークとの国交関係に支障をきたすことになっては、兄王に
顔向けが出来ないのである。
「確か殿下のご兄弟は…。」
「はい。国王である兄だけです。」
せめて兄か弟があと一人いればと、思う。
「姫には多くのご兄弟に囲まれてお育ちになった大らかさがあります。」
物怖じしない屈託のなさが、カトレアの美しさを際立たせている。
マティスが単にカトレアの外見のみに魅かれているのでなく、内面の良さに気付いた上での
ことと知ったサミュエルは嬉しくなった。
「いささか我儘、いえ、気位の高い所もありますが…。」
マティスは特に意に介してない様子で、
「姫は『ダンラークの名花』と謳われる方。そのくらいのことはありましょう。」
と、言ってのけた。
「名花、ですか。」
「ご存知ありませんでしたか。」
「はあ。カトレアは生まれた時から、『花の姫』と呼ばれていましたので…。」
エンリックの二人の王女は容姿もさることながら、ティアラ・サファイア、カトレア・ヴァイオレット
という名前の連想で、姉は「宝石の姫」、妹は「花の姫」と誰言うともなく広まったのである。
もっとも娘を溺愛したエンリックが付けたのだという、まことしやかな噂もあり、真偽のほどは
わからないが、比類なき美貌の姫として伝えるには充分だ。
マティスの熱意あふれる話を聞き終えたサミュエルは、
「一つだけお尋ねしてよろしいですか。現在、国元に恋人はいらっしゃいませんね?」
「とんでもありません!」
身を乗り出さんばかりの勢いで、マティスは答えを返した。
クリントに恋人がいれば、他国にまで花嫁を探しには来ない。
もちろんサミュエルの質問には理由がある。
カトレアはエンリックに他の妻妾がいないとはいえ、マーガレットが正妃でないことを、
他の兄弟より気にしているのだ。
王侯貴族は複数の女性関係が成立して当然とは、女性の感覚として受け入れ難くも
あるらしく、カトレアの理想にエンリックが入らないのは、そのためだろう。
同じ兄でありながらローレンスでなくサミュエルを慕っているのは、年が離れている分、
大人に見えるからで、クラウドに対しては憧れだ。
ダンラーク滞在中にティアラに惚れこんでの求婚は、まるで物語のようなと、今でも両国の
語り草なのである。
国境を越えた恋愛いえば、響きは良いが現実問題として大変だ。
ティアラがドルフィシェに嫁いでる以上、カトレアはともかくエンリックが手元から離してくれるか、
甚だ心配であった。