マティスがカトレアを妻にと口に出した途端、エンリックの柔和な表情が引きつった。
 隣にいたマーガレットが腕を止めてくれなかったら、椅子から立ち上がって怒鳴って
いたかもしれない。
「クリントの方々もご承知か。」
「兄にだけ想う姫がいると告げてあります。」
「では、反対されることもありえるではないか。」
「そのようなことにはなりません。」
 ダンラークの側が承諾してくれれば、納得してもらえる自信がある。
 だがエンリックはすでに娘の一人は他国へ嫁がせているのだ。
「できればカトレアは手の届く所へと考えているのだが…。」
「すぐにとは申せませんが、何年かお待ちくだされば居を移しても構いません。」
 どういうことかと思えば、
「クリントは兄王が独身のため、まだ皇太子がおりません。万一の場合、次の王位継承者は
私になりますから、現在は国を離れられませんが…。」
 兄に世継ぎが出来ればダンラーク駐在を願い出ても良いとまで、マティスはエンリックに言った。
 エンリックは、即答を避けてマティスを退室させると、椅子に寄りかかり、ため息をつく。
「何で私の娘達は、他国の男に惚れられるんだ。」
「お寂しいですか。」
「当たり前だ。」
 もちろんマーガレットもカトレアが遠く離れてしまうのは平気ではないが、いずれ娘は嫁いで
いくものなのだ。
「カトレアの理想はサミュエルだから、安心していたのに…。」
 面白くなさそうに、エンリックは呟いた。
 実の兄が目に入るくらいなら、当分結婚などしないと高をくくっていたのだ。
「夢から醒めたのですよ。カトレアも。」
 カトレアが断ったのなら、エンリックとて悩む必要はない。
 しかし事後承諾では認めるしかないだろう。
 エンリックはティアラに求婚したいと申し込んできたクラウドが頭に浮かぶ。
 クラウドは父に反対されたらダンラークに仕官するといい、マティスは暮らしても構わぬと
言った。
「まさしく大言壮語だな。」
「殿下は本気でいっらしゃるようですし、そこまで請われるなら本望ですわ。」
 マーガレットはおとぎ話のような恋にカトレアが憧れを抱いているのを知っていた。
 突然、求婚されて驚いたものの、一向に進展しない成り行きにカトレアは張り合いが
なさそうだったが、カトレアの曖昧な態度にマティスが片想いと信じ込んでいては
無理からぬ話である。
 建前は公的な立場でダンラークを訪問しているとなれば、必要以上に個人的に親しくしたくとも
出来ないのだ。
 落ち着くまでの間、エンリックを一人にしておこうと、マーガレットは部屋を後にする。
 居間ではカトレアが兄弟達にマティスのことを説明していたようだ。
「こんなにいきなりでは、父上は納得するかなあ。」
 年上の弟になるかもしれないマティスと妹の顔を見て不安そうに言った。
「お兄様。ご自分はパトリシアと結婚なさって、私には賛成してくださらないの。」
「別に反対してるわけじゃ…。」
 カトレアがまるで味方にするかのように寄り添っているパトリシア。
 確かに好きな相手と一緒になったローレンスには反論できない。
 この点に関してはサミュエルも同じである。
 待っていても多分エンリックは出て来ないと聞かされて、マティスは丁重に他の家族に
挨拶を交わすと仕方なく客室に引き上げて行った。 
  
 マティスが姿を消した後で末弟のアシューがカトレアに囁く。
「姉上。やっぱりサミュエル兄上と殿下、似てるよ。」
「何言ってるの。どこも似てないわ。」
 アシューは笑った。
「外見じゃないよ。感じが、だよ。」
 どうやら周囲に気を遣う性格と物腰の柔らかさの中に、生来の優しさを、アシューは
見て取ったのだ。