いつまでも私室に閉じこもっていられてもと、ローレンスがノックをしてからエンリックの部屋の
扉を開くと、棚から酒瓶を取り出そうとしている父の姿が目に映った。
「日が暮れる前から、やめてください!」
 慌ててエンリックの腕を押さえる。
「離せ。」
「これから大臣との会議があるのをお忘れですか。」
 もしやと懸念して迎えにくれば、この有様だ。
「今日はお前に任せる。」
「駄目です!」
 ちゃんと閉まっていなかった扉から、二人の押し問答を耳にしたサミュエルも飛び込んでくる。
「ちょうど良かった。兄上。父上を押さえてください。」
 サミュエルはエンリックの手から半ば強引に酒瓶をもぎとった。
「もう会議の時間ですよ。」 
「父上。カトレアの話をする機会ではありませんか。」
「話すのか。」
「父上が黙っていても、カトレアは自分で吹聴しかねません。貴婦人の情報網は早いですよ。」
 まずパトリシアの実家、ウォレス伯爵家。
 母のエレンはマーガレットの友人で、父は司法大臣。
 王宮の奥を取り仕切る女官長は、マーガレットの友人ルイーズで外務大臣レスター候夫人。
 これから顔を会わせる者はいずれもエンリックの腹心であり、隠し立てしない方が
後で騒ぎにもならないだろう。
 憂鬱な気分で会議の場に臨み、国王の表情が常になく曇っている理由を、ほどなく重臣達も
知る事になる。
 マティスからカトレアが求婚されたことだけ告げるとエンリックは席を立ってしまったが、
会議室の外で待ち構えていたカトレアの声が響く。
「お父様。殿下と私の婚約のことはお話してくださったかしら。」
 扉が閉まりきる前、届いた言葉に、マティスの帰国次第クリントの使者が訪れることを想像し、
国家的な慶事に対しての心構えに切り替えた。
「花の姫は日向の国へ嫁がれる…か。」
 誰ともなくそう言った。
 クリントのもう一つ別名『日向の国』は友好の表現である。
 ダンラーク同様、温暖な気候と風土に恵まれた国であった。

 その夜更け、様子を窺いに行ったサミュエルとローレンスは、予想通りガウン姿で
酔いつぶれているエンリックを寝室まで運び込んだ。
 ローレンスはテーブルの上に転がっているウイスキーの瓶に目を留める。
「まったく、こんなに強い酒…。ワインで我慢すれば良いのに。」
「大丈夫。三倍に薄めてありますから。」
 サミュエルがローレンに笑って言った。
 どうせ酔った頭に味覚などわからないと摩り替えておいたのだ。
「娘の恋人が発覚して自棄酒なんて、ダンラークの賢王の名が泣きますよ。父上。」
「仕方ないでしょう。父親にとって娘は永遠の恋人だそうです。」
 エンリックはサミュエルが結婚して邸を持った時さえ、遠くに行ってしまうと嘆いたほどで
ある。
 クリントに嫁いでしまえば、愛娘に会える回数が限られる事を、またしても経験せねば
ならないのだった。
 
 マティスは帰国の際、エンリックがろくに口を利いてくれないことが心残りだったが、
「姫。今度は指輪を持って来ます。」
 とカトレアの額に口付けをして去っていった。
 大人気ない真似をと、エンリックが妻や子供達に、少なからず非難されたのは言うまでも
ないことである。