王宮へ帰ってからというもの様子がおかしいローレンスが、聞いて欲しい話があるとエンリックとサミュエルに持ちかけたのは、公務がひける時間のことであった。
 呆然としたのはこちらも一緒だ。
「どうして、うちの子達は何も言わないで、求婚してくるんだ。」
 エンリックは同席しているサミュエルとローレンスを見比べる。
 普段と思いがけない行動に走るのは親譲りか。
「パトリシア、か。まあ良いかも知れぬが…。」
 はたしてウォレス伯が嫁にくれるか。
 明日は父親同士、話し合うことになりそうだ。

 一夜明けて、早々とウォレス伯がエンリックに謁見を申し込んできた。
 待っていたエンリックは執務室ではなく、私室へと通す。
「昨日はローレンスが騒がせてしまったようだな。」
 苦笑しながらの言うと、ウォレス伯は神妙な面持で答える。
「それは良いのですが…。やはり殿下は本気でしょうか。」
「無論。そういう所は私に似て不器用らしい。だがパトリシアの気持ちを考えてと思っている。返答をすぐにとは申さぬ。」
「ありがとうございます。」
「しかしローレンスに、一人で乗り込んでいく度胸があるとは思わなかったぞ。」
 息子の行動に驚きながらもエンリックは感心しているらしい。
「どうしてでしょうか。」
「ウォレス家ではパトリシアに言い寄ろうとする者は、門前で追い返されるという噂だ。」
 ここにも誤解している人物がいる。
 エンリックの耳に入るくらいなら、宮廷中で知らぬ人間はいないだろう。
「ただ嫌だというなら強要はさせぬ。私もウォレス伯を失うわけにはいかぬ。パトリシアには落ちついたら出てくるように伝えてくれ。カトレアも寂しがるから。」
 
 事実パトリシアは、すっかり動揺してしまい、邸にこもってしまった。
 本当に迷っているらしい。
 急に姿を見せなくなったので、カトレアが心配する。
「パトリシア、ご病気?」
「いいえ。違います。」
 兄妹揃って来ないのでは不審がられるので、カイザックは顔を出している。
「その…、今日はオルト家の祖母の所へ。」
 エレンが相談に行くというのを思い出した。
 カイザックはローレンスとカトレアの板ばさみになり、大変だ。
 パトリシアに会えない分、ローレンスはサミュエルの元へ日参する。
 剣の練習だ。
「カイザックは頼んでも、今は手加減されそうだから。」
「そこまでこだわることがありますか。」
 サミュエルは気を紛らわす以上にローレンスが必死に思える。
「でも、あの家は…。」
 やはりウォレス伯とカイザックを気にしているらしい。
「父上の子じゃ無理かな。」
 エンリックが聞いていれば否定できたかどうか。
 大体ローレンスは、強いとは言い難くても、まあほどほどという程度である。
「向き、不向きがありますよ。」
 サミュエルの父、ナッシェル子爵にしてもごく平凡な青年貴族で、武術に関してはまるっきり不得手だったらしい。
 ローレンスにすれば、同じ条件で同じ教官に習って差があるのは、自分の出来が良くないと思えてしまう。
(兄上が申し込んだなら、ウォレス伯もカトレアも迷わなかったかも。)
 サミュエルが恋敵でなくて良かったと、ローレンスがほっとしていることは、他の誰も知らないことだった。