ふさぎこんでいるパトリシアをウォレス伯夫妻も心配して、声をかけると、
「私に皇太子妃なんて大任すぎますわ。」
 娘の言葉がウォレス伯には意外でもあった。
「何だ。心配なのはそちらのことか。」
 ローレンスがどうこうという問題ではない。
「パトリシアは殿下が嫌いで困ってるわけではなさそうだな。」
 妻に告げると、エレンは微笑んで頷いた。
「子供の頃から親しくさせていただいて、お人柄は存じておりますもの。」
「陛下も無理には勧めぬとおっしゃってくださっていることだから、もう少し時間をいただこう。」
 両親は傍観している中、カイザックは国王兄妹と自分の妹の間の伝令係になっている。
 妹の部屋を訪れて、
「パトリシア。外に出る気分になったら、一緒に王宮に行こう。姫も病気じゃないかと心配してくださってる。」
「あの、殿下は?」
「お前によろしくって。返事は急がなくて良いとおっしゃってる。陛下も気遣ってくださってるから。」
「はい。お兄様。」
 二日後、パトリシアはカイザックと王宮へと足を向けた。
 誰かに会う前にと、庭園で心を静めていると、
「パトリシア。」
「ローレンス様。」
 ようやく姿を見せたパトリシアに嬉しそうな笑顔を向けている。
「良かった。先日の返事はいつでもいいよ。考えてくれてるなら。」
 困った顔のパトリシアを見つけて、カトレアが飛ぶような勢いでやってきた。
「お兄様。パトリシアに何かしたの。」
 誤解とは言い切れないが、ローレンスは首を振る。
「違う。」
「違います。私が何日も参りませんでしたので、心配してお声をかけてくださったのですわ。」
 パトリシアが場をとりなした。
「本当にそれだけ?」
「もちろん。」
 妹の疑わしそうな視線にローレンスは内心穏やかでない。
 カトレアはパトリシアの手を取って歩き出しながら、
「お兄様やアシューやカイザックに苛められたら、私に言うのよ。お父様から叱っていただくから。」
 まったく聞こえよがしだ。
 カトレアが兄よりパトリシアの味方なのは間違いない。
「弱ったな。カトレアには。」
「私が味方します。」
 カイザックはローレンスに言った。
「別に無理しなくたって。」
「私はパトリシアを大切にしてくださるならいいんです。父も母も反対はしていませんから。」
「そうなのか。私の方は父上も母上も兄上も賛成してくれてるんだ。」
 身内に反対する人間がいないだけ、ましである。
 お互い他聞を憚る上、カイザックは余計なことは言うなと口止めされているのだが、
「パトリシアはとまどっているだけで、決してローレンス様のお申し出が嫌で返答を延ばしているわけではないんです。」 
「私の所へ来てくれるなら、妻は一人と約束するのに。」
 カイザックは帰宅してから、ローレンスの言葉をそのままパトリシアに伝えた。
 エンリックが先妻フローリアの立場を思って、マーガレットの身分は側室になるが、他に妻妾はいない。
 両親を見て育ったローレンスも自然そう思うのだろう。
 愛情と信頼で繋がれた家族。
(ローレンス様となら築けるかしら。)
 パトリシアは再び考え込んだ上、父の帰宅を待った。